BD910

0.8℃

[無配]五つが形作るもの

休日の朝だった。目が覚めた時、ぼんやりとベッドの広さを感じて、そういえば今日は大倶利伽羅の出勤日だったかと思い出す。寒い。何となしに腕を伸ばし、いつもあいつが寝ているスペースのシーツを撫でるがもう温かくはない。時計を見れば聞いていた出勤時間は一時間前に過ぎていた。それなら無理だ。いくら体温が高いとはいえ。
布団の外に出ている顔が寒い。もう冷え込みも一段としみるようになっている。寝汚くも少しだけ布団にもぐって、予定を思い出してみるが、今日のバイトは昼からだ。大学はバイトと単位取得で忙しいと兄弟から聞いていたが、実際にその通りで、加州達には詰め込み過ぎではと言われたのだが、思ったよりも自分に体力があるのだと知った。
それに、大倶利伽羅は働いているのだから、この部屋に一人で居るなどそれほど面白い事でもない。時間も潰せて金も稼げて一挙両得だろう。
考えながらまどろみ始めた頃にインターホンが鳴る。訪問。配達か。途端に体が覚醒する。条件反射とも言えるだろう、跳ね起き、自分の格好を見て、慌ただしくもトレーナーだけを羽織り玄関へと向かう。とりあえず中から返事だけはしておいた。予想通り、お届け物です、という声がドア越しに聞こえる。
何か送ると言っていただろうか。兄弟たちを思い浮かべるが、連絡は何も来ていない。
「……はい」
開くドアの前には緑のキャップの配達員が立っていた。その時に、そういえば覗き穴から確認した後にドアを開けろと大倶利伽羅に言われていたのを思い出す。忘れていた。だが、これはどこからどう見ても配達員だろうから、まあ、いいだろう。バレなければ。
伝票を確認しつつ配達員がこちらを見る。
「大倶利伽羅広光さんですか」
確認された。
その瞬間、何故か、突然の恥ずかしさに見舞われる。顔に熱がのぼる。
大倶利伽羅と暮らし始めて半年が過ぎた。もうすぐ年末になるのだし、きっとこのまま年を越して、問題なく単位も取れれば俺は二回生になるだろう。兄弟や友人たちには、同棲だ何だ、これ見よがしかと、後半は主に加州に、言われていたのだが、いざ、知り合いでもない第三者からまざまざ「大倶利伽羅と同じ部屋に住んでいる確証」を突き付けられた気がして、一気に現実味を帯びたのだ。
おかしな話だろう。現実味なんていつどの瞬間でも感じられるのに。予想しないところからの不意打ちだったからか。一先ず恥ずかしさを抑えながら、
「はい、そうです」
と返すしかない。配達員は特に気にしなかったようだった。
「受領印のところに判子かサインお願いします」
判子。家の中にあるのか? 分からん。配達員にペンを借りて、こちらに、と指されたスペースを見ながら、自分がまだ動揺しているのを感じている。心臓の音がうるさい。震える手でペンを握り直すが、さて、なるほど、大倶利伽羅。おおくりから。書いたことが無いな。しかしすぐカンニング先が思い当たり、伝票に書かれている宛先を盗み見ながらサインをする。画数が多い。漢字五文字を入れ込むのに苦労して、受領印欄は少々狭いんじゃないかと行き場のない憤りを感じた。
受け取った段ボールは然程重くはなかった。品名は食品と書かれている。中身は判らないが、とりあえず共用のローテーブルの上に置いておく。
夜。俺のバイトが終わり、大倶利伽羅も帰ってきてから判子の話をした。見せてもらえば、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた印影で、堪えきれずに笑ってしまう。文字数の制限で小さいものは作れないという余談はただの追い打ちだった。大倶利伽羅は呆れたように、好きなだけ笑ってろ、と言いながら、自分でも印鑑を眺め、少しだけ笑っていた。