BD910

本丸厨話

こっそり作る5人分おにぎり

暑いので厨に麦茶を貰いに来ていた。すると外を歩く足音がして、見てみれば、同田貫正国が暖簾を避けつつこちらを覗いてくる。それは誰かを探しているようで、まずおれと目が合い、隣に立っている水心子正秀に視線が移る。
「厨当番は居ねぇのか」
開口一番訊ねられる。厨にはおれ達二振だけで、朝ごはんが終わって昼前である今の時間は厨当番も休憩のため不在だった。
「誰も居ないよ」
「面倒だな」
「どうかしたのか?」
「これから山に行くことになって、軽く飯でも握ってもらおうと思ったんだが。昼までに戻るか分からねぇし」
偶にあることだった。内番や本丸当番にあたらない非番の刀の中で、体を動かしたい面々が裏山に出かける事があった。事前に話が通っていれば厨当番が弁当を作ることもあるようだったが、言い方を聞くにつまり今回は急遽決まったという事なんだろう。ふむ、とおれが頷く。
「なるほど。何振で行くわけ?」
「俺と山伏と祢々切丸と陸奥守だな」
「分かった、四人分だな。十分くらい待ってくれたらおれがおにぎり作ってあげるよ」
「出来んのか」
「水心子がいてくれたら出来るよ」
「え、わ、私か」
話の輪の外で麦茶を飲んでいた水心子が驚いておれを見る。に、と笑って見せ、
「急いで作るから待っててよ」
と、外出の支度をするという同田貫が出て行くのを見送った。後で取りに来るらしい。
そして去った後には水心子が慌てた様子でおれを見ている。
「北谷菜切。その、私はあまり料理の経験がないのだが……」
「大丈夫。おれは結構料理できるからさ。でも火ぃ使うには打刀より大きいのが必要だろ。水心子には水心子が出来ることやってもらうから」
「そ、そうか……」
安心したようなそうでもないような様子の水心子に、落ち着くよう肩を叩いてあげる。そうと決まればすぐに取り掛からなければ。二人してエプロンを身に着けて手を洗う。
「おれは厨当番もっとあててくれてもいいのになぁ」
「珍しいな。……私は少し苦手だ」
「大丈夫よ。作るのは簡単なポーク卵おにぎりだから」
「……ポーク? 確か、豚肉のことか」
「ちょっと違うよー。このポークは調理肉の缶詰ってところかな。前に沖縄料理を燭台切に頼んだ時の余りがあるはずだけど……」
水心子に冷凍ご飯を五人分解凍してもらうよう頼み、冷蔵庫から卵を取り出しておいて、缶詰の棚をごそごそと漁る。隅の方に濃い青のパッケージの容器を見つけて思わずにか、と笑ってしまった。
「これよこれ。見覚えないかな、チャンプルーとかに入ってたりするけど」
「……どうだろうか。チャンプルーとやらは名前の印象が強くて食べた覚えはあるんだが」
「昔はカンカンに入ってたやつを、小っちゃい鍵みたいなのでくるくる開けてたんだけどね。保存食の進歩でそれもなくなったんだよな。あれ、見るの面白かったから結構好きだったんだけど」
プラスチックの保存容器から、調理肉の塊を押して取り出す。緩やかな台形のそれを半分に切り、そこから少し厚めにスライスしていく。その間にフライパンを出してもらい、手巻き寿司で使う海苔を正方形から半分の長方形に切ってもらう。
「これをどう使うんだ?」
「これでおにぎり巻くんだよ」
「……相当大きなものにならないか?」
「あい、違うよー。三角のやつについてる味海苔みたいじゃなくてさ。全部包んだ四角いおにぎり作るんだよ」
熱したフライパンにポークを投入する。油を敷かなくてもにじみ出る油脂ですぐにぱちぱちと弾ける音がした。水心子に卵を割りほぐしてもらい、ポークを全部焼き終えてからフライパンでそのまま薄焼き卵を作る。薄焼きといってもそれほど薄くもない。三枚分ができあがってから、冷蔵庫からケチャップを取り出す。これで準備は整った。
「さて、ご飯敷いてこうね。水心子もやってみるか?」
「上手くできるかは分からないが、やってみよう」
水心子、前向きな姿勢がとてもいいな。
まずラップを敷く。これ便利よな。長方形の海苔を取って、縦に置いたそこへ薄くご飯を敷く。その下半分に、大体で正方形に切った卵を乗せ、ケチャップを大体でかけ、かりかりに焼いたポークを乗せて向こう側の海苔を畳んで具材を挟む。水心子が随分真剣におれの手際を見ているようだった。
「このケチャップはどれくらいかければいいんだ?」
「てーげーでいいよ。分からんかったらさっきと同じくらいで大丈夫さ。具が大きいから、ご飯は薄めに敷いた方が挟みやすいはずよ」
二振で並んでおにぎりを作っていく。でもこれおにぎりなのに握ってないんだよな。これおにぎりかな。分からないけど海苔で巻いてるしおにぎりでいいだろう。水心子が慎重にケチャップをかけるのが面白かった。ラップでくるんで形を整える。
丁度風呂敷で八つのおにぎりを包んだところで同田貫が現れた。ポークを焼いた匂いを察知したのか「肉か」と聞いてくるから「ポークだよ」と答えるとちょっと変な顔をした。
「悪いな、ありがとよ」
「楽しかったからいいよー。ちばりよー」
見送り、さて、と残った材料であと二つポーク卵おにぎりを作る。ポークとかが余ってしまったことにどうしようかと悩んでいたらしい水心子が驚いた顔でこちらを見ている。
「作るだけで食べられないのはもったいないからね」
に、と笑ってできあがった一つを水心子に渡す。食べていいんだろうか、と顔に書いてあるみたいな表情で水心子が狼狽えている。厨の食材はメインの厨当番である燭台切と歌仙と山姥切が管理している。つまり今は勝手に食材を使ったという状況になっているのだ。だがこの大所帯で完全に管理することは難しい。お腹だって放っておけば空くのだから、最近は食事の時間を待てない刀が軽い料理を作ることもままあることだった。そしてそれは大体夜中に起こる。
「いいんだよ。事情話して食材使ったよーって報告すれば大丈夫さ」
言いながら俺はラップに包んだまま、それを包丁で三等分に切った。
「……どうして切るんだ?」
「折角だから、兄弟たちにもおすそ分けしようと思ってね」
「……」
水心子が持っていたおにぎりを半分に切る。おや、と思って見ていれば、
「私も清磨に分けようと思う」
と小さな声で呟かれた。それが可愛くて笑ってしまう。
「ありがとう。勉強になった」
「あんしぇ、水心子は真面目だね。上等上等」
頭を撫でてあげると、わざわざ屈んでくれたから相当真面目なんだと思う。使った道具を洗って仕舞い、それぞれ渡す相手を探して厨を後にする。
手合わせしていた千代金丸と治金丸にポーク卵おにぎりをおすそ分けしたら二振ともパッと顔が明るくなった。人の身を得たのは本丸に来てからなのに、郷土の料理を口にすると懐かしさを覚えるのはどうしてなんだろうか。
「やっぱりケチャップだな」
「無くても俺は好きだな」
「治金丸は味くーたーが好きだからなー」
道場の縁側で並んで食べる。水心子も清磨を見つけられただろうか。おれは久しぶりに料理も出来て満足しながら最後の一口を飲み込んだ。