本丸厨話
6人分の遠征夜食
「やあ、山姥切の。お邪魔しているよ」
欠伸をしながら厨の暖簾をくぐると歌仙兼定が立っていた。割烹着なのは内番着だからだ。次の厨当番は確か歌仙だったから、きっとこれからその手に持った鯖が下拵えされて明日の主菜になるんだろう。
もう夕飯時は終わり、今日は宴会もないのだから、皿を洗い終えてしまえば厨の周囲には人影がない。しかし俺には所用があって、歌仙にも俺の用事についてはおおよそ見当がついているはずだ。調理の準備のため中へと入る。
この本丸の厨当番は三人の刀剣男士を中心に回っている。燭台切光忠と、歌仙兼定と、俺だ。先の二振りはどちらも、より良い食に対して一入(ひとしお)の心意気があるのだが、俺について表してしまえば初期刀であるが故の経験値だった。そして俺たちの他にも料理を得意とする刀剣男士はいて、しかし堀川の兄弟やにっかり青江には補助に回ってもらうことが多く、時折起こる『普段厨当番をしている者が出払う機会』のときに頼む程度に落ち着いている。それを定めたのは歌仙だった。食材や調味料の備蓄を把握するのに、共有をしていられる人数に押さえておきたいというのが理由だった。主である審神者は厨の一切を俺たちに任せていたから、それがやりやすいのならと特に気にする風もなく了承していた。
「遠征組のお夜食だろう。よかったら手伝おうか」
活きのいい鯖の頭を落として歌仙が言う。
「いや、今日は簡単に済ませるし手伝いなら鶴丸が来る。それに人手ならそっちのが必要なんじゃないか」
襤褸布を取って畳み、エプロンを身に着けながら伺う。まな板に乗せられた鯖がさくさくと調理しやすく整えられていく。
この間和泉守や鯰尾たちが食糧調達と称して海へ行き、寒空の下大量に釣ってきた鯖が本丸の生け簀に放たれている。そこから持ってきたのだろう、歌仙の足元には大きな盥が置かれていて、その中でえぐい数が水をはねさせ泳いでいた。既に切り身となってまな板に並び始めてはいるが、どうやらまだ作業は終わりそうにない。
「僕の手伝いにはお小夜が来るよ。しかし鶴丸かい。なんだか珍しい刃選だね」
歌仙が魚を捌く作業に戻る。手際よくわたを取っていく。俺は冷蔵庫を開け、夜食用に残しておいた食材を調理するための卓に並べた。
「火を使ってもいいか」
「構わないよ。……というより、僕が場所を変えたほうがいいな」
腹骨を取り除く手を止めて、再び歌仙が振り返る。それに合わせるように外廊下を歩く音がした。暖簾をくぐり、鶴丸国永と、その後ろから小夜左文字が顔を出す。
「遅くなって悪い。よお、歌仙、お前も小夜も手伝いか?」
「いいや、こちらは明日の下ごしらえだよ。いま移動するから、二人ともちょっと手を貸しておくれ」
厨の半分が俺に明け渡される。鯖の解体はより水場側の卓で行われることになった。水場に板を渡して簡易の作業域を作ると、そこにまな板と包丁を用意し、小夜と歌仙が作業を再開する。
「それで? 俺は予定通り山姥切を手伝えばいいのかな」
「ああ。こっちだ」
たすき掛けを終えた鶴丸にエプロンを着るよう促しながら隣へと呼ぶ。
遠征の終わる時間が夜になることがある。これはあまり珍しくないことで、主がきちんと時間計算を行わずに遠征へ出したときに起こる。これを改善するという案がへし切長谷部から持ち上がったことがあったが、おおよその刀剣がそれに賛同しなかったため一旦保留になっている。
その理由が夜食だった。終わる時間や遠征の所要時間の兼ね合いで、今回のように遅い時間に腹を空かせて本丸へ戻ることがままあった。そのときの遠征部隊用に作られる夜食は普段の献立ではあまり見ないものが出ることも影響し、刀種分け隔てなく好評を得てしまっているきらいがある。なにせ普段の献立は大量に作ることを前提としている。大味というわけではないにしろ、手が込みすぎるものは作る側の、主に手伝い担当から嫌厭されがちだ。特別趣向を凝らしたものを作りたい時があるらしい燭台切と歌仙からもすれば、稀に発生する夜食作りで存分に発揮、もとい、発散できて楽しいのだという。
しかし今日は生憎と厨当番が俺だった。他二人とは違い、調理回数と得てきた経験値から序列で繰り上げ当選したような身分なのだから、当然凝った料理を作りたい欲求がない。うまいものを食べるのはいいことだとは思う。だが夕食を終えたこのタイミングで、本日四回目の調理をするのだという億劫な意識はどこか抜けきらないでいる。
「今日の献立は茶漬けでいいんだよな?」
「ああ。今回は刀種も短刀から太刀の間だ、大太刀で蛍丸もいるが、大量に作る必要はない」
「なるほど。じゃあ材料だな」
そう言って鶴丸が厨の広間側に置かれた卓へと目を向けた。そこには業務用の炊飯器が並んでいる。鶴丸が近寄り、かぱ、と音を立てて蓋を開き、おや、と呟いてこちらへと向き直る。
「肝心の米が無いようだが」
炊飯器は普段、片づけたあとは蓋を開いておくことになっている。閉じていたということは歌仙が米を水に漬けて明日の用意を終えていたんだろう。きっと鶴丸が覗き込んだ釜は水と米が二層になって漬け置かれている状態だ。
「冷凍したのがあるだろう」
三つ葉をまとめながら顔を上げずに答えると、
「えっ」
横から悲鳴が上がった。上がるだろうとは思っていたが、見れば、まるで信じられないという心情をありありと浮かべる歌仙がこちらを眇めつ眺めていて、その目と合う。少し面倒なことになりそうな気配を察知する。
「冷凍ご飯を使うのかい……?」
「……どうした。たまに使っているだろう。雑炊や炒飯なんかの時に」
刀剣男士の人数が六十を超えたので、この間炊飯器を新調した。今までも量を考えながら米は炊いていたのだが、常に消費量が一定なわけではないため、米の余りは小分けにして冷凍する慣例ができ、いくらか数が揃ったところで鍋の締めに使ったり、小腹が好いたときの非常食として消費されたり、時には障子修理用の糊に加工されたりしている。今回も使うのには丁度いい頃だと、一日の献立を考えているときに既に確認済みである。歌仙がぶんぶんと頭を振った。
「いや、それはむしろ、冷凍ご飯を片付けるために献立に入れているだけだろう」
「そうなのか?」
「そうだよ! まったく。六人分だろう、土鍋で炊けば遠征部隊が戻る前には炊けるはずだ」
「いや、だが」
「山姥切、電子レンジは確かに便利なものだよ。だが今回の遠征は十二時間だ。食事をとるには中途半端の極みだ。腹が減って帰ってくる彼らに美味しいものを食べさせてやりたいとは思わないのかい」
思わないのかい、と言われたところで、思いはするが、と考えつつ口にはしない分別は持っている。それとこれとは別枠で考えたい。しかし伊達に厨当番に宛てられているわけではない。今この歌仙の主張を退ければ、あとあと些事であれ面倒事になることは容易に察せた。
「……まあ、六人分なら、そうだな」
「おや、そこで譲るんだなぁ」
手を洗いながら鶴丸が言う。溜息をついて、下の棚に仕舞っている土鍋を出すよう伝える。
「そのかわり、水に浸けてある米から少しもらうぞ。どのくらい前に入れたんだ」
「安心したまえ。半刻前さ」
鶴丸が炊飯器から土鍋に米を移す。水加減は、寝る前だからと少し柔らかくなるよう歌仙に見てもらった。ついでになくなった分の米を別の容器で水に漬け込んでおく。
土鍋がコンロにかけられた。
「……よし、その火加減でしばらく置いてくれ」
「しばらくってのはどれくらいだ」
「十五分くらいだ」
俺が答えを引き受けると、よしきた、と鶴丸が冷蔵庫の前に立つ。磁石で冷蔵庫の扉に貼り付けられた調理用タイマーに言われた時間をセットする。
「それじゃあ菜を用意しようぜ」
コンロに小さな片手鍋を乗せた。酒や醤油、みりんといった調味料を鍋にあけ、沸騰させるよう鶴丸に頼む。その間にポットからお湯をどんぶり茶碗に注ぎ、生鮭のサクを刺身の要領で切り揃えておいたものを、少し白くなるまでくぐらせる。その横で鶴丸が鍋を見ながら幾ばくかの三つ葉を切っている。
「おや、そんな食材どこにあったんだい」
「昨日光坊にちょっとばかし取っといてもらったのさ」
温まってきた調味料をかき混ぜながら鶴丸が返す。昨日は燭台切が洋風の飯を作っており、カルパッチョだったか、そういう感じのサラダのような副菜に鮭を使っていたのだ。燭台切曰く、生食だからサーモンだとのことだが、そうか、としか返せなかった。
「光坊も一枚噛んで、山姥切も味方になったら百人力さ」
突然名前を出されてどきりとする。昨日の夜、鶴丸につかまって今日の夜食の手伝いを買って出られたときは一体何だとも思ったのだが、この、普段から何かと驚きを求める一振りが考えた仕掛けが、そう悪い事でもないと判断したから請け負うことにした。ただそれだけだ。
「……別に、俺は、そう夜食の献立も凝ったものを考えていなかったから引き受けただけだ」
「お? どうしたどうした、照れてんのか」
「そうじゃない」
「そろそろ湧くぜ」
食ってかかってもするりと交わされてしまえばそれまでだ。
溜息をつきながら火を調節し、味をみて、湯にくぐらせた鮭を沸騰した調味料の中へ入れる。五人分だからそう負担もないが、やはりこれを本丸の全員分用意することになったらと思うとぞっとしないだろう。
「あまり箸でつつくな。煮崩れるかもしれない。あとは煮汁を吸うまで見ててくれ」
「どの程度おいとけばいいかは俺では監督しきれんと思うんだが」
「適当に俺を呼べばいい」
言って、残りの材料を切る作業に戻る。散らすための大葉を二枚ほどと、遠征部隊に数えられている江雪のために種を取った梅干しの果肉を少し叩いておく。おそらく茶粥の要領で具も要らないと言われるかもしれないが、粗食過ぎると残りの者が食べづらくなることもあるのだから、用意だけは整えておく。それに出せば江雪は食べるはずだ。
歌仙たちの様子を確認すれば、鯖はまだまだ残っているようだった。小夜が下ろしたものをまとめて調理用バットに移し、冷凍庫へ収めている。
そろそろ出汁に手をつけないといけない。調味料の棚から白だしのボトルを取り、さてどれくらいの量を入れようかと考えていると、また歌仙がこちらを見たようだった。
「白だしかい」
「……ああ。茶漬け用に茶と、今日は出汁も用意する」
「見たところはらこ飯に似た用意のようだけど」
煮汁を吸ってだんだんと色が照ってきた鮭を覗いて歌仙が言う。すごいな、と思ったところで、まったく同じことを鶴丸が笑って答える。
「流石歌仙は見切るのが早いな。まぁ、はらこ飯『もどき』だがな。夜食に鮭の子は贅沢だろう」
その通りだ。鶴丸から、今度の夜食が発生する遠征部隊に大倶利伽羅がいるから、はらこ飯を作ってくれないかと頼まれたのが昨日の夜だった。つかまってみれば突然そんな献立の強請りをされたのだ。面食らったのも仕方がないだろう。
本丸の備品である端末機械で調理方法を確認してみれば、食材にいくらが含まれていてそれは無理だと最初は断ったのだ。だが、うまいこと簡易化できないかと食い下がられ、考えた結果、だいぶ譲歩してもらう『もどき』として茶漬けで賄うことで落ち着いていた。
「昨日俺も厨当番だったろう。そん時に鮭の切り身で閃いちまって、そこからは食材の確保と調理人への頼み込みよ」
「まったく、君のその時折顔を出す謎の情熱は他に向けられないのかな」
呆れた口調を隠しもしない歌仙の言う通りだと俺も思う。米のためにセットしていたタイマーが鳴る。
土鍋をコンロから下ろし、作業用の卓に用意しておいた鍋敷きへと乗せる。もう一度同じ時間でタイマーをセットした。蒸らし終わる頃には調理も終えて遠征部隊も到着するだろう。
「そうだ。鯖の骨で出汁を取るのはどうだい。こぶと塩を加えるんだ。きっとその煮汁も使うんだろう?」
厨を取り仕切る燭台切も歌仙も、こちらが食材をどうしようと考えているかを予想できるのが他の刀剣男士とは違うところだと思う。そのお陰で助かることもあるし、土鍋で米を炊く羽目になったりもする。
小夜がまた冷凍庫へと鯖の切り身を入れながら、こちらを伺うように首を傾げていた。
「……使う?」
「……さて、どうするかな」
そうやりとりする間にも、歌仙が鶴丸にもう一つ鍋を出すように言い、あらの準備を始めている。好きにさせよう。楽しそうなのだから止めるのも悪い。小夜を見れば俺の目でおおよそを察したらしく、残りの鯖の対応に戻っていった。
あらをいくらか貰い、水で血合いなんかをすすぎ落とす。沸騰しきらない湯に昆布茶を入れてあらを突っ込んだ。一枚昆布から出汁をとれないことに歌仙が悔しがっていたが、今回はそもそも簡易的に作るという目的があったはずで、あらを使いだした辺りからやや脱線してきているのだ。これくらいの省略は目を瞑ってもらうほかない。歌仙からすれば力を入れて一品作りたい機会なんだろうが今日の厨当番は誰がなんと言おうと俺なのだ。
ふつふつとあらを煮立てている間、鶴丸に呼ばれて鮭を見て、よさそうだったので一度皿に移すよう頼む。危惧していたより煮崩れせずに済んだらしく、箸でつまんでも問題なさそうだ。煮汁を少し味見したときも、調節できそうな濃さで少々ほっとした。
鯖の骨から出汁がとれるまで歌仙たちの下ごしらえを手伝う。鶴丸も興味津々に捌いており、こちらも楽しそうでなによりだと思う。ほとんど終わりかけたところで米のタイマーが鳴った。出汁もいい頃だろう。俺と鶴丸は手を洗って夜食づくりへと戻る。
あらを取り出し味をみるが、煮汁もかける兼ね合いで加減が分からなかったので鶴丸と歌仙にもみてもらう。聞けば鶴丸も食べたことは無いらしいが、一先ず塩が欲しいと言われたので少し加え、整えたところで、
「まさか鍋から直接入れるつもりかい」
と先回りされて怒られた。何が悪いのだ。思うが、答えは「雅じゃない」の一択だろう。
「洗う皿の数が増える」
「急須一口くらい数ではないさ」
「急須一口くらいなくても今日の飯には不足ないだろう」
軽く言い合うが、結局俺が退くことにした。もう眠くなってきた。急須に出汁と、もう一つ小さいものを用意してそちらには茶を淹れておく。
廊下を歩く音がした。歩幅が広い。見れば、不寝番の太郎太刀が屈んでこちらを伺っている。
「遠征部隊が戻りましたよ」
そう告げて、静かに去っていった。これも刀が刀ならつまみ食いをしたいと寄ってくるのだが、流石に今回は苦も無く死守できたらしい。まぁ不寝番にはそれ用に稲荷寿司を渡してあるのだから、そも強請られるほうがおかしいのだが。
蒸らし終えた土鍋をあけると米がうまく炊きあがっていた。おお、と鶴丸の感嘆が漏れ、しゃもじで米を返すとおこげが現れる。
「うまそうだなぁ」
本来炊き込みご飯であるはらこ飯のもどきなのだから、これはなかなかいい具合かもしれない。普段は味噌汁を入れる椀に米を入れたり具を載せていると、ぞろぞろと複数の足音が聞こえてくる。皆真っ直ぐにこちらへ向かっているらしかった。
「たっだいまー」
「ただいま戻りました」
「うわ、すごくいい匂いがします!」
「……血の、においがしますね」
「ただいま兄弟! すごい、帰りの時間ぴったりだね! あ、広間の卓出しちゃうね」
武装だけ解いた姿で、蛍丸、前田、秋田、江雪、堀川の兄弟が口々に喋る中、無言で大倶利伽羅が入ってくる。途端に鶴丸がその肩を掴むや、
「お帰り伽羅坊」
と労った。無言のまま視線だけが動く。そしてその視線が、いままさに俺たちが作り終えた夜食へと注がれた。
「……なんだそれは」
「出汁で食う茶漬けだよ。折角人の身を得たんだ、ほんとははらこ飯ってのを俺も食ってみたかったんだが案外難しくてな。それっぽいのを山姥切に頼んだんだ」
金色の視線が俺へと向けられる。息を飲んだ。襤褸布を引き下げようと手を持ち上げるのに、エプロンのおかげで布は外されここにはない。隠れられない。
「厨当番に手間をかけさせるな」
「あ、いや、いいんだ、……その、俺も何も決めていなかったんだ。だから、助かった。材料は鶴丸が揃えていたし……」
「山姥切がいいって言ったんだから気にするな。ほらほら、お前さんも座れ座れ」
一緒に食堂を兼ねた広間へと向かって行ってしまった鶴丸に、「まったく」と小言を漏らしながら歌仙と小夜が運ぶのを手伝ってくれた。五人分のはらこ飯風味付けのだし茶漬けと、なまぐさを嫌う江雪のための純粋な茶漬け。夜に食べるにはちょうどいいだろう。この食器の片付けまでが俺と、手伝いを申し出た鶴丸の仕事だった。
いただきますの号令を小声で秋田が行う。それぞれが食べる中、反応が気になるのは大倶利伽羅だろう。いつも通り平らかな目で椀を見下ろし、静かに匙に手を付けて緩慢に啜った。
「どうだ。うまいか」
「……」
「実はな、俺も食べたことないんだよ。一口くれないか、伽羅坊」
「なんなんだお前は」
ぐいぐいと迫りくる鶴丸に大倶利伽羅が苦言を呈する。
「すごい! 美味しいよ、兄弟!」
「甘辛くておいしいです!」
「鮭がほろほろですね」
確かに煮汁を味見した時には子供好きそうな味だと思った。もしかして食べてないの? と、鶴丸の一言から堀川の兄弟が察し、自らの椀を勧めてくる。
「ほら、作った人が食べなきゃ勿体ないくらいだよ」
「いや、俺は……」
「いいからいいから」
にっこりと。笑われてしまっては断り切れない。俺はしずしずと切り身の半分だけを箸で割る。力を入れずともほろりと身は崩れた。さっきはもう少し生が強かったが、出汁をかけたことでより火が通ったらしかった。少しだけ米も貰って口に含む。甘辛い、魚のうまみがすっと通ってくる。鯖出汁がきいているのだろうか。これは歌仙に感謝しないといけないかもしれない。出汁を飲むと煮汁が程よく薄まって喉を下りていく。一口だけだが、我ながら結構まともに美味い物を作ってしまったと思った。
「こんなにおいしい物食べれるから、主の遠征時間管理が甘いのも強く言えないんだよね」
困ったように笑みながら兄弟が言う。見れば、江雪も茶漬けを食べ終わったようだった。梅干しも無くなっている。こういった粗食を好むことや、誰が何の献立の時に喜ぶか知っているから、いつもメニューを決めるときに悩むのだ。作りやすく、バランスも考えて、備蓄の残りと相談しながら、今日は誰の好みに寄せて作るか。
全員がきれいに食べ終えていた。見れば、大倶利伽羅の椀も空になっている。この刀が食べ物を残すところを見たことがない。苦手なものはないのだろうか、あっても、食べきる気概を持っているのだろうか。
流石に遠征に出ていた面々に片づけを手伝ってもらうわけにはいかないと、手伝おうとしてくれる兄弟や全員を風呂へと送り出して、鶴丸と調理器具と食器の片づけをする。追い炊きを押しておいたから湯もちゃんと温かいだろう。歌仙と小夜の下ごしらえは終わっていて、そういえば夜食と続いて明日の朝も魚になってしまったと献立の雰囲気被りに今気づいてしまった。布を被りなおしながら少々落ち込む。
「いやあ、今日は助かった。伽羅坊もうまそうに食ってたぞ」
「……表情が分かりづらいだろう」
「そう見えるかい? 結構わかりやすい刀さ、あいつは」
食器を洗い、戻しながら鶴丸が言う。別で水につけていた米を炊飯器へと合流させてやってから厨を出た。
「また何か面白い事を思いついたら、頼むぜ。山姥切」
「……頼むから出来る範囲のものにしてくれ」
へいへい、と手をひらひら揺らしながら、真っ白な影のように鶴丸が自室へと戻っていく。俺も襤褸布を深く下ろしながら、行儀が悪いと分かりつつ少しだけ唇を舐める。甘辛い煮汁の味がしたようだった。