BD910

世界に生まれる

5

明朝。グランコクマの港に停泊した定期船から降船梯が下ろされる。手荷物を運ぶオービルに続き、私と、体調を崩したルークが下船した。船酔いだった。旅をしていた頃に酔うのを見たことはなかったが、片目が見えなくなったことで残った目に負荷がかかり万全ではない体調と相まったのだろう。
「ここから邸まで馬車ですよ」
「うえ……」
口を押えるのは揺れを想像したのだろう。水面の動きを感じさせない硬い地面に降り立つと、前傾気味だった姿勢がいくらか緩和する。
常に雪の降るケテルブルクに対し、グランコクマは常に暖かい。冬といっても降雪の日はなく、昼が短くなり陽がやや弱まる程度なのだから、ルークの服装も厚いコートではなく旧ピオニー邸前で見かけたときのものに戻っていた。私もコートを脱いでいる。
「休みますか」
「……少し」
「オービル」
待機していた馬車へ荷物を積んでいるオービルへ、諸事の伝達と先に戻るよう指示を出す。カーティス家の馬車が港から出るのを見送り、設置されていたベンチへと腰を下ろす。
丁度木陰になったその場所は早朝の涼しい風が吹き、潮のにおいがあたりに満ちていて、ルークも潮風は問題ないようだった。
「いかがですか」
「……マシになった。悪い、馬車用意してたんだな」
「構いませんよ。呼ばれる回数が多いほうが儲けも増えて御者は喜ぶでしょう。車内で吐かれても迷惑でしょうし」
うう、と短く唸ったルークが苦しそうに水を飲んでいる。馬車に乗っていた折は問題なさそうであったが、長い移動には酔い止めが必要になるかもしれない。
「一度邸に戻るつもりでしたが、このまま少々休んで直接王城へ向かいましょう」
「大丈夫なのか?」
「オービルに伝達を頼みました。次の迎えが来るころにはあなたも回復しているでしょう」
海鳥の鳴き声がする。ルークの深呼吸が聴こえる。傍らに座る彼を見た。旅をしていた頃の服装に戻り、四年前の姿のままである彼は、手にした水筒を弄りながら大人しくしている。私には彼を回復させる術がない。そも、第七音素はもうほとんど世界に残ってはいないのだが。マントは目深にかぶられ、まだ落ち着かないらしい子供の指先が水筒の口を何度も撫でる。
「ピオニー陛下か」
独り言だろう。そのあと続いた小さな呻きも併せて聞かなかったことにした。

港に見慣れた馬車が到着する。私は疲労でうとうととし始めたルークを促し馬車へと向かった。御者を見ると、僅かに頷いて見せたので、ルークの前に出て馬車の扉へ手をかける。
「どうぞお静かに」
そう付け加えた私にルークが首を傾げるが、扉が開かれた瞬間、彼の目は車内へと釘付けになった。
「……ガイ!」
「ルーク!」
車内から腕が伸びる。馬車に搭乗していたのはガイと彼の従者であるペールだった。扉と共に身をよけた私の傍をルークが駆け、ステップを踏み飛ばしながら車内へと転がり込む。片膝をついたガイに飛びつくルークを見ていると、目を細めたペールと視線が合った。深々と頭を下げられる。私は微かに笑んで見せ、子犬のじゃれ合いのようにまろびあう二人を眺める。
やはりガイはうまくこなすのだ。人間には得手不得手がある。
「本当にルークか。本当に……」
「当たり前だろ! ……はは、ガイ、ちょっと老けたな」
「何言ってんだ。四年も勝手にいなくなりやがって」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられながら破願するルークは正しく喜んでいるようだった。弱々しかった表情も高揚が見え、目尻が僅かに濡れているらしい。そしてそれはガイも同じなのだろう。
昨日時点でケテルブルクから連絡を投げ、早朝であって二人を私の邸に呼んでいたのだが、船酔いで予定が変わったため迎えの馬車に乗るよう再度伝えたのだった。静かにしろとは言いはしたが、予想どおり無理そうである。
「恐れ入ります。感動のご対面のところ申し訳ありませんが、よろしければ座席へついていただけませんか」
「あ、ああ、ごめんジェイド」
「ガルディオス伯爵、ならびにペール殿も朝早くからご足労いただき痛み入ります」
「気持ち悪いな、旦那。なんでもいいから乗せて来いくらいのつもりだったんだろう」
ガイとルークが並んで着席したのを確認し、私も向かいの席へと乗り込んで扉を閉めた。中から御者へ合図を送る。ゆっくりと馬車が出発する。
「しかし本当に驚いたな。旦那からの連絡を貰った時はとうとう気が触れたかとも思ったが」
「おや、失礼ですね」
「そう信じられるわけがないさ。だが本当に……本当にルークだ」
噛みしめるようにガイが言う。親しさからくる粗雑な仕草で隣に座る子供の肩を抱いた。彼の口にするルークは常に被験者をさしてはいなかった。それを被験者がどう捉えるかは問題ではなく、消える事の無い禍根と築かれた関係は崩れることがない。私の隣に座るペールが目元を押さえる。
「お帰りなさいませ、ルーク様」
「ああ。……ただいま」
子供がはにかみながら答える。かつての主人と従者の繋がりでありながら、祖父と孫のようにも見える彼らの情は穏やかだった。
馬車が王城へと向かっている。ガイがルークをからかい、疲れているなと労わり、ルークが笑うのを眺める。私はどこか安堵していた。ケテルブルクで邂逅してからこの馬車に乗るまで、ルークはどこか常に気を張っているようだった。その一端は私だろう。憶えがあるのだから世話はない。
「カーティス中将も、視察遠征ご苦労様です」
ペールがぬかりなく私も労わる。そうだ、と思い出したようにガイが頷く。
「そういえば視察だったな。ロニールの施設はどんな具合なんだ」
「これから報告のために登城するのですがね……まぁいいでしょう。ロニール雪山におけるエネルギー生成実験はおおむね順調に進んでいます。まだ安定供給とまではいきませんが、期待値を超える生成量を観測できています」
「そうか。なら、譜業とは違った機関の設計と検証も急がないとな」
「そちらは部門が異なりますのでなんとも言えませんが、問題ないでしょう。条約内容の変更がなければすぐにでも実験が行えます」
馬車の速度が緩やかになる。市街に入ったか。もうじき王城前に着く。
「ピオニー陛下にはもうルークの事は報告したのか?」
ガイの問いにルークが少しこわばったようだった。私は眼鏡を押し上げる。
「ええ、勿論。陛下には、是非ルークのパトロンになっていただかなければ」

「視察ご苦労。報告書は受け取っている」
吹き抜けの謁見の間、明るい陽の光を後方から受けながら、金色の髪を輝かせたピオニー九世皇帝が朗らかにのたまう。
私は報告書に記した内容と、それに対する確認の質問に応答しながら我らが陛下を見上げた。相変わらず素知らぬふりをするのが得意らしい。マルクトの重役も合い席するこの場では何も質すことはないのだろう。
ロニール雪山の研究施設、その進捗状態と研究結果から予測される範囲、他エネルギー供給施設が適合するだろう予備地域、他国の土地情報の摺合せを行う。過不足なく、仕事は多いが問題の解消もいくらか賄えたようだった。
報告を終え、陛下が人払いをする。重役たちが出て行き、私と陛下、扉横に待機するガイのみになった謁見の間で、彼は待ちかねたように皇帝の座から立ち上がった。
「それで。ルークはどこにいる」
「そこまでお喜びいただけるとは恐悦です。ただいまお呼びいたしますのでお座りになってはいかがですか」
ガイが出て行き、扉が一度閉まった。せわしなく座へと戻った幼馴染が、座りを崩して己の膝へ肘をついている。
「真実なんだな」
「随分とご信頼いただけているようで」
「お前の顔がまるで違う。生き返ったようだぞ」
にやにやと、笑う幼馴染に私も笑みを返す。嘲笑に近い。それでも幼馴染は肩を竦めるだけに留めた。
「ガイラルディアもだ。目が明るい」
「あなたも幾分生気が出ましたね」
互いに互いが死んでいたなどと不穏なやり取りをする。ピオニーは声を出して笑い、扉の外からかかるガイの呼びかけに応えた。扉が開く。ガイの傍に立つ影がある。
再度閉まり、四人だけになるととうとうピオニーは玉座から下り、ルークへと近寄った。動揺を隠しもせず、ルークはおどおどとマントを取った。まだ扉の外では顔を隠していたらしい。
「ルーク!」
「お久しぶりです、陛下……」
後ずさりながらも、立ち上がれば巨大な体躯のピオニーが抱きしめるのをルークは大人しく受け止めた。背中を叩かれ息を詰まらせたが、四年もの間死んでいたのだと思わせていた申し訳なさからか、甘んじてそれを受けている。
「陛下。ルークは弱っておりますので、そう強く喜ばれるのはお控えください」
「お、悪い悪い。いやぁ、しかし本当にお前そのまんまのサイズなんだなぁ。若いってのはいいもんだ」
肩を抱き、ピオニーがルークを玉座へと連れ込む。階段を上がるのは不敬にあたるため、 ガイが慌てて私を見るが、 この状態の幼馴染を敬う必要などないだろう。何も言わないのを悟って呆れたように肩を竦めている。
「話はだいたいジェイドの報告から察した。まぁ座れ。椅子がここにしかなくてな、気が利かん部屋なんだよ」
「と、とんでもないです」
玉座へルークを押し込み、自身は肘掛けへ浅く腰掛けながらピオニーが言う。子供が縮こまる様は憐れみすらある。
「あーあー、細くなっちまって。旅の終わり頃に見たお前さんはだいぶ逞しかったのになぁ」
「暫くの療養で元に戻りますよ」
「ならいいさ。どうだ、今晩一緒に飯食うか?」
「陛下、今晩は会合でしょう。あまりそいつを弄らないでやってください」
ガイが玉座の階下から助け舟を出す。子供の目は助けを求めているが、ピオニーは不満げにルークの肩を抱き、まるで隠すつもりがない声量でひそひそ話をしている。
「なんだぁルーク、相変わらず過保護にされてるな。それも二人分」
視線が私にも向けられるから、それにニッコリと笑いかける。年齢不相応に顔を顰めた皇帝は、わざとらしく幼子のように口をとがらせた。
「まぁいいさ。マルクトのレプリカに関する条約をこいつに適用するんだろう。もう施設は見たか? うちのはなかなかにデカいぞ」
「ええっと、確かマルクトでは保護されたレプリカは一度その施設に行くんですよね」
「お? なんで知ってるんだ。そうだぞ、その通りだ。ガイが話したのか?」
「いえ、ジェイドが」
三人分の視線が私へと向かう。私はその視線を順に見つめ返した。両手を後ろで組み、ただ立っている私を見て、ガイは驚いたように薄く口を開け、ピオニーは愉快そうににやりと笑い、ルークは何かまずいことを言ったかとさらに体を縮こまらせた。
「ほう、ジェイドが」
「ええ。お話しました」
「珍しいな。お前がわざわざ教えてやるなんて」
「必要な情報を渡すことを珍しいと言われてしまっては、私の信頼もここまでのようですね」
「よく言うぜ」
からからとピオニーが笑う。そしてようやくルークの肩から手を離した。そのまま指を顎にあて、思案するように宙を仰ぐ。
「ま、そういうことだ。その施設に行って、被験者が誰だとか出身がどこだとかで身分を明らかにする。しかしお前の場合、それがキムラスカ王国のルーク伯爵になっちまうからなぁ。おいそれとはいかないかもしれん。ジェイド」
「はい、陛下」
「お前ルークをどうするつもりだ」
その目はとても見覚えのあるものだった。この男が支配する側の王族であると、嫌が応にもしらしめるような。
吹き抜けの謁見の間に差し込む光が嫌に眩しい。両手は腰後ろに当てたままでいいだろう。
「まずは我が国の手順通り、レプリカ保護施設へルークを連れていきます。彼を保護したのはロニール雪山ということになっていますから、発見時の所属としてはマルクトとしてよろしいでしょう。次に、ルークを連れてキムラスカ国、バチカルへ向かいます。これはレプリカ保護条約にもある渡航特例にあたりますので移送に問題はありません。ただし渡航前にバチカルへは先んじて伝達すべきかと存じます。ご両親といえるファブレ公爵とそのご夫人、ナタリア王女とその婚約者のルーク伯爵までがよろしいでしょう。報告後、彼らを交えてルークの所在をどこに置くかを決定します。それまでは発見時の所属のままマルクト国預かりにするのがよろしいかと」
「なるほど、分かった。それで、最終的にお前はどっちにルークを置くつもりなんだ」
「……どちらに、とは」
「しらばっくれんなよ。いくら相談するっつっても、まずは希望を提示するだろ。お前はどうするつもりだ」
趣味の悪い事だった。本人がいる前で私にそのような話をさせる。ガイとルークの視線を強く感じたが、それよりも私を据えて見つめる幼馴染の眼光の方がよっぽど性質が悪い。
「提案としては、ルークはマルクトに落ち着くほうが無難と考えています。一般的観点からすればキムラスカへ帰還することが望ましいでしょうが、かの国が政治にレプリカを差し込む可能性はゼロではありません。そのような事案は世論から見てもナンセンスで、実質杞憂に終わるとも考えられますが、なによりキムラスカ王国はルーク・フォン・ファブレという存在が密着しすぎている。まず公的にルーク伯爵のレプリカであると認めていただき、その上で、被験者を問わず己の身一つで新しい生を全うするのが最適かと存じます。已然、比較すればレプリカへの保護は我が国の方が整備されていることも理由としては挙げられるでしょう。
現状ルークは我が国に保護される前の記憶が無い事になっているのも理由の一つとして使えます。たとえ王族をもとにしたレプリカであっても、素養が無い者は生まれたての一般人と変わらない。そのような状態の者を、ファブレ侯爵ご夫妻が保護されると仰れば反対は出来ませんが、まだナタリア王女とルーク伯爵は婚約という状況です。混乱や負担を防ぐためにも、一時的であれこちらで保護するとご提案するのがよろしいかと存じます」
ふむ、とピオニーが思案する。その目がルークへと移り、足を組み直して再度膝へと肘をつく。
「それで世界が納得するか?」
「しないでしょうね」
「だろうなぁ。ルーク。お前はどうする」
えっ、と息をのむ声と、両手を膝に乗せてルークが俯く。その場にいる全員がルークを見ていた。誰も急かさず、促さず、道を示さない。ルークが顔を上げる。思えば旅の道中から未だ、彼自身が考えねばならないことが多すぎる。
「世界を納得させないといけないんですよね」
問いかけだった。誰も口を開かない。
「ジェイドが言った手順を踏んで、世界が納得しないということは、今もまだキムラスカとマルクトはあまり仲がうまくいっていないんですね」
幼馴染が片眉を上げて僅かに笑う。幼さ故の恐れ知らずとはこのことだろう。
「うまくはやってるさ。ただ、こればっかりはどうしようもない。お前たちが旅をしていたときはあらゆるものが混乱していたおかげで、利害の一致から今より歩み寄れていただけだ」
ガイの手が腰に挿した剣へと伸びる。マルクトに属する国であったホドの剣だ。それが敵国から主の手に戻るまで長くかかった。
世界は人で出来ている。その間に敷かれる繋がりの複雑さなどなにも変わりはしないのに、その者が持つ責が重荷となり、足を緩慢にさせ、手を伸ばすことを躊躇させる。レプリカとして帰ってきたこのルークの所在を、好きにすればいいと関係者の誰もが認めたとして、その他大勢である世界の目が疑心をもって盗み見ている。そのようなものがなければ彼をすぐにでもバチカルへ帰してしまえるだろう。安直にそうしても表立っては問題ないのだろう。彼がそう望むのならば。
そうだ、そして私の希望など、彼の望むことに比べれば優先されるものではない。
「俺、バチカルに行きます」
ルークの言葉が私には重かった。
その場に立ったまま、ルークが言葉を続けるのを眺める。一度口を開き、躊躇するように閉じてから、また開いた。
「でも、どうすればいいかはまだ分からないんです。俺がどこにいたほうがいいかもわからない。俺がレプリカとして存在することはどういう意味かとか、一度わかったはずなんだけど、今はもう、……四年も、経っているから、事情が全然変わったんだと思う。だからどっちも見てみたい。今の世界の状況を知りたい。その後に判断するのだと……遅いかな」
吐露するような言葉のあと、ルークの目が私へと向いた。彼は私に何を求めているのだろう。肯定と否定と。恐らく旅の頃に染みついてしまった悪癖だ。私が先導するものだから、舵をきるまえに私に承認を求める。誤ることが悪ではないと、理解したうえでそれを恐れている。相変わらず自信がないのだ。だからピオニーを前に委縮している。私は眼鏡を押し上げた。
「あなたは四年も遅れてきたのですから、今更何が遅いかなどと考える必要はありませんよ」
「……はは、ひでぇな」
「ええ。そういう酷いことを言う権力者をいいように使い、国の有力筋を支持者として侍らせておけば、存外何事も悪いようにはなりません」
ピオニーが吹き出す。ガイも呆れたように笑い、玉座に据えられた彼の幼い友人を見上げる。
「そうさ、ルーク。勿論俺も頼ってくれよ」
ようやくルークが笑った。変わらず彼が安堵する先は幼馴染だった。目ざとくそれを見つけては、私も息をつき、そして僅かに頭の奥に痺れを感じるのだ。
謁見に使える時間はそこまでだった。扉を叩く音がする。残念ながら私の幼馴染は我らが国が頂く王であり、如何せん自由が少ないのだった。やれやれ、といったように息をつくピオニーと、慌ててルークが玉座から立ち上がる。座の前には少ないながらも階段があった。
「ガイ、ルークを」
私が声をかけるよりも先にルークが段へと足をかけていた。その体ががくりと落ちる。血の気が引き、理解するよりも先に体が動く。私は座から一番遠くにいる。
「ルーク!」
怒号に近かった。ガイの声だ。
踏み外したルークの体をガイが受け止める。決して登ろうとしなかった座への段に足をかけ、ぶつかった子供の身をかろうじて支えた。
一瞬、場の空気が凍り、驚きから硬直しているルークをガイがなんとか立たせてやった。
「っぶないな……大丈夫か、ルーク」
「あ、ああ。悪い」
危機に対する反射から子供は震えている。ガイがルークに手を貸し、たった数段を下ろしてやった。ルークの手が右目へと伸びている。私は視線を感じ、ピオニーを見上げた。静かな目だった。
「随分衰弱しているんだな」
「……それもありますが」
返しながらルークを見る。彼は怯えていた。私は一呼吸おき、ピオニーへと向き直る。
「今、ルークは右目が機能していません。空間を立体視出来ないために踏み外したのでしょう」
「機能していない?」
「完全に見えていないようです。ただ眼球そのものと動きには問題ありません。ローレライによる再構築時に、何かしらの要素が不足するとルークは告げられていたそうです」
ガイの問いに答えれば、また謁見の間には沈黙が下りた。そこに扉向こうから再度声がかかる。ピオニーが応じ、扉が開いた。よく知る彼の側近だった。
「ジェイド、進捗があれば報告しろ。お前たちも下がっていい」
恐らくすぐにでも報告を求められているのだろう。しかし私たちは礼をし、謁見の間を辞した。近いうちに説明として再度登城しなければならないだろうし、一先ずガイには詰め寄られるだろう。
「ルーク。怪我はないか」
「ああ。悪い、大丈夫」
まだ右目へ手をあてながら答える。ガイの強い目が私に向けられていた。私は、謁見の間を出るまで何も言わなかった。