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トリップダウン

新しいバイト先が決まった。
というよりは知らないうちに正社員になっていた。
「君ら二人には組んで仕事をしてもらおう」
新しい上司は女だった。別にそれはいい。想像通りヤバい業務内容だった。それも別にいい。問題は隣に立っているやつだ。俺の新しい仕事上の相棒。マックスという名前の、金髪で派手なジャケットを着た宇宙軍仕様のサイボーグ。こいつと組んで仕事をするというのがいまのところ不安でしかない。
「今日はご苦労だった。もう下がっていいぞ。明日は九時までに事務所に出勤、仕事内容はその時に伝える」
そう言われて話は終わった。そのまま二人で廊下に出る。
何か予感はしていた。他にもバイトの奴らはいたのに、俺とこいつだけ呼ばれたから。
知らないうちにテストをクリアしたからと、新人二人をとりあえず組ませるというのはどういうつもりなんだろう。いや、他に組みたい奴も居ないんだが。
「ねえ」
表情ディスプレイがこちらを向く。軍支給装備でもウィッグがあるだけでだいぶ印象が変わる。
「なに」
「カークくんさ」
「カートだけど」
「カートくんさ、俺らあんま話したことないよね。これからよろしく」
くん付けされたの高校以来か。自分も名前間違えがちだからヒトのことは言えない。マックスの言うとおり、他のバイト連中がいた時もマックスとは話したことがなかった。あんま、というか全然。なんか自分とはタイプが違う気がしたから。それが不安のほとんどを占めている。
「よろしく」
「俺マックスね」
「うん」
「でさ、内部通信でもやりとりできるようID教えてほしいんだけど」
「あー、……分かった」
左腕内側のケーブル穴を見せると、マックスが自分の左袖を捲った。ジャケットの下に拡張ガジェットを着けている。そこから取り出した外部用ケーブルを挿し込まれると、すぐに知らないIDから内部通信で『よろ』とだけ送られてきた。マックスのケーブルが抜かれる。何か送った方がいいんだろうか。『よろしく』とだけ返したら、マックスの黄色の目が小さく明滅した。笑ったらしかった。
「きたきた。つかいきなり俺らでバディ組まされんのウケんね。今日の仕事テストだったとかさ。なんか手応えあった?」
「え、……分からん。普通に昨日と同じくらいでやってた」
「俺もー。明日の仕事もそんくらいのノリでいいのかな」
「さあ。なんかあったら突っ込まれんべ」
「つっこみで終わるならいいんだけどさあ。まあ明日の感じで続けるかどうか考えればいいかな。今日このあとどうする? 飯とか行く?」
「あー……、いや、今日用事あるから」
「おけ。じゃあまた明日ー」
そう言って手をひらひらと振りながらマックスが休憩室に向かう。あいつは砂糖漬けだってバイトのとき絡んできたやつが言っていた。俺もヒトのこと言えないからそれはいい。でも、やたら色んなやつと話している印象は実際そのまんまだ。話したことないやつと飯行ってどうするんだ。
明日から喋るのが好きそうなやつと仕事をしないといけないのか。そんなん正直面倒そうだし、自分が黙ったらどうなるだろうと思う。やっぱり不安は残ったまま、その日はさっさと家に帰った。

翌日。出勤したらもうマックスは事務所にいた。
俺らに寄越された仕事は荷物運搬。指定の場所に、すでに車に積んであるという鞄を届けるだけの簡単なお仕事。
「届け先に分刻みで時間通りに運べ。お前らがその場にいた痕跡は一切残すな。鞄の中身は絶対に見るなよ」
嫌な三拍子を聞かされた。絶対まともな仕事じゃない。議論の余地もない。
「運転おねがーい」
そう言ってマックスがさっさと助手席に向かった。
軍用車両に比べると装甲も何もない、普通のサイボーグ仕様の一般車。後ろに乗っている正体不明の鞄も見た目とサイズがよくある感じなのがむしろ不気味だ。
車体下を覗いて、そういえばもうこの手順は要らないのかと思う。運転席の狭い座席を動かして、鏡を調整して、シートベルトを閉める。
「なついね」
「なにが」
「準備とチェックが軍のマニュアルどおりでなつい」
「あー」
「ちなみに助手席側の電子関係チェックは終わらした」
「……それもここで必要なわけ」
「いや、要らないでしょ。俺も試しにやってみただけだし」
お互い相手のボディタイプが軍仕様のものだと分かっている。それを話題にするのはノンデリだからしないだけで。
「目的地までナビすんね。101号道路は覆面いるっぽいから避けて。42号側から行って」
覆面がいるって情報はどっから来たんだろうか。分からないが、いないって根拠もない。
「んじゃ、お願いしまーす」
「……お願いしまーす」
事務所の駐車場を出発する。軍でも知らん奴の隣で運転することはあったから別に誰がいても問題はない。マックスは左腕のガジェットを弄っている。時々鼻歌が聞こえるのは俺の幻聴ではなさそうだ。
「カートくんさ」
事務所から100も離れないうちにマックスが話しかけてくる。
「なに」
「悪いけどなんかのアプリオーバーライドしていい? GPS情報取得させてほしいんだけど」
聞いたことのない単語とヤバそうなことは分かる提案をされた。即答するなら嫌一択だが、ひとまず確認はしたほうがいい。
「オーバーライドって何。てか個人のGPS抜くのってノンデリじゃね」
「まね。でも物理的に離れた時にナビできないのって危なくない? オーバーライドは上書きみたいなもんで、まあ、既存アプリのGPS機能俺にも使えるようにするって感じ」
「……それヤバくね」
「悪用されたらヤバい。や、俺はマジで悪用しないから。ほんとほんと」
IDきくノリでそんなこと言われることあるのか。マジでと言われましても。
「……」
「めっちゃ警戒するじゃん」
「ナカ弄られたことないし」
「えー。その言い方エロいね」
「お前マジで言ってる?」
「じゃあ簡単なアプリ入れてそれ弄んのは? 仕事以外では切っときゃいいから」
ナビは確かに必要かもしれない。けど本当にいいのか。思いながら、他に俺から出せる選択肢もなくて、仕方なく左腕を差し出す。
「片手運転危ないよ」
言いながらマックスが左腕ガジェットのケーブルを挿す。なんかのアプリがインストールされたことだけ分かる。ケーブルが抜かれて、ハンドルを握り直しながらバックグラウンドで起動しているのを感じる。
「何入れたの」
「カップルが浮気防止で入れるやつ」
「最低すぎんだろ」
「あれセキュリティ設定がばいから楽なんだよね」
ガジェットを弄っているのは早速そのアプリをオーバーライドとやらしているんだろうか。もういいか。好きにすればいい。

目的地近くの一般駐車場が指定された待機場所だった。
建物に入る前に清掃業者のジャケットに着替える。マックスによるとちょうどシフト勤務の入れ替えタイミングらしい。そういえば持ち込む時間も指定されていたか。とりあえずキャップもかぶり、鞄を持ち出すと、ノーマルな見た目に比べて妙に重かった。
「念の為運転席いとくね」
マックスが降りもせず横移動で運転席に座る。
「帰りは運転してくれんの」
「いや? カートくんにお願いするけど。運転手いなかったら怪しいでしょ。貴方帰ってきたら助手席に戻るから」
帰りも俺がドライバーらしい。別にいいけど。なんか労働の割合偏ってる気がする。そう思いながら車から離れると、突然音声が内蔵通信で聞こえた。
『あーあー。カートくん聞こえる?』
マックスの声が頭に響く。
『聞こえる』
『オッケー。このままナビするからとりあえず建物のB1出入り口向かって。その横にスタッフ入り口あるから。そっから入って』
言われながら歩くと、必要なタイミングでマックスが右だの左だのまっすぐ何メートルだの指示してくる。俺の位置どの精度でわかってんだろ。怖。何こいつ。頭で考えたことを内部出力しないよう気をつけながら、指定のポイントに向かって進んでいく。
建物は何の変哲もない工場だった。スタッフ扉から入ると、俺と同じジャケットを着た労働者がいそいそと働いている。全員がよそよそしく、俺を横目で見たりはするが声をかけられることはない。
マックスの指示どおり、遠隔でオーバーライドされた清掃用ロボットを見つけて鞄を隠す。偽装する動きをしつつルートを辿って目的の部屋に向かう。カメラを警戒する必要はないとマックスが言っていたが本当だろうか。
時々いかつい奴がいたりもするが、キャップを軽く持ち上げて挨拶をすると「向こうのゴミ箱さっさと回収しろ」と怒鳴られはするが怪しまれなかった。ここの清掃員にはデカいサイズのサイボーグもいるんだろうか。
違うか。
この制服を着ている奴らは全員どうでもいい存在なんだ。
目的の部屋の前に立つ。
『マックス。ついた』
『りょーかい。中は、誰もいないね。10秒だけロック外すから3秒待って。……、ん、入って』
薄暗い中に入る。鞄をデスクに置いて10秒以内にさっさと出る。清掃用ロボット連れてその場を離れると、それだけで仕事のメインが完了してしまう。
『カート』
『何』
『そこ離脱までにどんくらいかかりそう? 建物外に出るのがゴールね』
『……来たルートまんまなら60』
『ロボットは放置でいいよ』
『じゃあ50』
『了解。そこの充電エリアにロボット置いて。そのまま出て、こっち戻って』
『了解』
やりとりしながらロボットを置き、進むとさっきの奴がまた飛び出してくる。そういやこいつにもなんか指示されたっけ。
「おいてめぇ! まだ回収してねぇのか! 手ぶらで何してやがる!」
「あー。ロボの充電切れたので別のやつ持ってきます」
「ロボットはてめぇだろうが。とっとと終わらせろ!」
「すんません」
「すみませんだろうがボケ」
うるさいやつだ。キャップを持ち上げとっとと退散する。誰もいない廊下を走り、スタッフ用のドアを開けて外に出てから、マックスの指示通りキャップとジャケットを脱いで近くのゴミ箱に突っ込んだ。
『48秒』
『あ?』
『ウザいやついたけど巻いたね。でも次から念のためバッファ組み込んどくわ』
『……了解』
なんか細かいやつだ。別にいいけど。
しかしなんだか拍子抜けするような仕事だった。ひとまず車のある駐車場に戻る。うちの車の前までくると、マックスが運転席から助手席へと移動してその窓を開けた。
「お疲れ」
ひらひらと手を振られるから車の助手席側に立つ。
「散歩してきただけだわ」
「素敵なお散歩コースだったでしょ。清掃スタッフちょうど休憩みたいでさ、なんか同じジャケットのヒトらがゾロゾロ出てきてたよ」
「へえ」
「まあこれで俺らの仕事は完了かな。さっさと事務所戻って、」
そこまで聞いたところで背後で爆発音がした。
咄嗟、助手席のマックスの頭を掴んで車体に隠れるよう押さえる。振り返る前に駐車場まで爆風が届く。耳の入力センサーの左からエラーが出て、無理やり背後を見ると、さっきまで潜入していた建物が爆発したのが見えた。黒煙が膨らんでいる。
右耳のセンサーにも入力が無い。無音の中、車を見ると風圧は受けたようだが持ち堪えたようだった。
「マックス! 無事か」
助手席を見ると無事らしい宇宙軍モデルのディスプレイがこっちを見上げる。
「ーー、ーー」
目元のライトが明滅しているが、音が遠くて聞き取りづらい。
「おい、お前、」
『……あー、あー。カート。こっちは聞こえる?』
内蔵通信のほうから声がする。俺が混乱しながらマックスを見るが負傷した様子はない。
『荷物やっぱ爆薬だったね。カート耳イかれたんじゃない? さっき俺が外部出力で喋ったの聞こえた? あと押さえてくれて助かったけど貴方の握力すごいからそろそろ離してくれると嬉しいなー』
『……外部からは聞こえてない。左はエラー出た。右は修復中っぽいけど』
返信しながら手を離すと、助手席側のサイドミラーを見ながらマックスが髪を整え始める。そんなことしてる場合なのか。
『カートくんこのあと平気な顔して運転できる? なんか瞳孔かっぴらいてるよ』
『普通に予測してない爆撃起こったら瞳孔くらい開くわ』
『オッケー。こっちはお陰様で無事だから俺が運転するわ。カートはこっち乗って。職質されたら近くで爆音したんですけどって感じでとおすから。ショック受けてセーフモード入ってるサイボーグ装って』
『陸軍モデルでか?』
『ショック受ける陸軍モデルだから除隊されたことにしてあげる』
『尊厳無いのな』
『捕まるよりマシっしょ』
仕方なくあいた助手席に乗り込み、ベルトを締める。瞳孔反射の回復を待つより寝たふりをしたほうがいいだろう。シートを倒して横になる。
『耳の入力ユニット、自己修復できる範囲でやっといて。医務室には連絡入れとく。報告書も俺が書いとくから休んでていいよ』
出発準備が整い、車が動き出す。
自分の背面装甲は問題ない。風圧だけが届いたらしい。破片が飛ばなかったギリギリの距離か、そう思いながら、『ヤバいめっちゃ人出てきた』『道路渋滞してんだけど』『パトカー回避』とか延々通信で喋ってくるマックスの声を聞いていた。

医務室でユニットを確認してもらい、交換までは不要だと診断が出てホッとした。もし壊れてたら労災降りたんだろうか。エラーを解除し、両方を自己修復しながら事務所に戻る。平衡器官がちょっと狂っている。
『カートくんふらふらじゃん。奥見える? こっちのデスク来て』
また通信で声をかけられ、顔を上げるとマックスがいる。なんとかデスク横のソファに座ると、マックスが椅子を回転させてこちらを見た。
『労災案件?』
『違う。問題なかった。いま修復中』
『残念、新しいのにできたら良かったのに』
『別にそこまでしなくていい。報告書って何書くわけ』
『実際の仕事の内容まとめてアップするだけ。もうやった』
『そりゃどうも』
『中身確認する?』
『あー。……別にいい』
『いいの? 俺が手柄全取りしてるかもよ?』
『そう見えるんならそうなんだろ。俺荷物運んだだけだし』
マックスが首を傾げる。その仕草がなんなのか分からなくて俺も首を傾げる。
『なに』
『いや? そういや今日の俺らの仕事、これで終わりらしいよ。コスパいいね』
『初回だからだろ。それで爆破はやばい気がするけど』
『それは同感』
「ーー、ーー」
マックスと通信で話していると、まだ名前を覚えていないセンパイが声をかけてきた。マックスがそっちを見て、目が明滅している。俺の状況を話しているのか。センパイが俺を見て笑ったから普通にムカついた。
マックスがひらひらと手を振ってセンパイはいなくなる。
『マックス』
『はいはい』
『仕事終わったならもう帰っていいわけ』
『いいみたいよ。俺も帰ろ』
立ち上がって、デスクの上に誰かが置いたらしい駄菓子が散らばっているのを見る。手を出す気にはなれなかった。マックスがその中から適当に漁ってポケットに入れる。こいつは結構図々しい。
『カートくんもなんかもらう?』
『俺はいい』
『修復明日には終わりそ?』
『多分』
『普通に明日も仕事だって。九時集合』
『了解』
『大丈夫? 送ろうか? 貴方酔っ払ってるみたいよ』
『家近いから別にいい』
そうやりとりして事務所を離れる。マックスとは帰りが別らしいのは昨日時点で気づいている。
ふらつきながら歩いて、それほど遠くない距離にあるボロいアパートに着く。ようやく休める。思いながら階段を上がる。
俺の家の近くは治安がすこぶる悪い。ただ、そのおかげで賃料は安い。部屋に入って、キッチンに置いたままだった吸引キャンディを手に取る。吸入口に挿して、のみこむと脳が揺れる感じがして、そのままずるずると玄関で座り込む。
軍隊に比べればまぁマシか。どうせどこに居てもクソでしかない。もう一本吸いたい。思うけど体が重くて嫌になる。バックグラウンドで動いているアプリは放っておいた。

マックスは仕事ができるやつだ。
同僚、バディとしてはいいのか? とも思うがとにかくずっと喋っている。よく話題が尽きないものだと思う。思っていることがそのまま口から出てきているだけなんだろうが、素直さと自己中心的な考えというのは同居できるものだと知っている。とりあえずたまにうるさいとも思う。
仮決めのバディだった奴と比べればいくらも有能なのは明らかだった。ハッキングや情報収集、後方支援に特化したモデルなんだろう。とりあえず腕相撲では全然勝てたから戦力特化ではない。
「カートはさ、顔の上、生身よね」
運転していると助手席からマックスが話しかけてくる。結局あれからドライバーは基本俺になっている。独り言っぽいやつはもうスルー決め込むようにしていたが、今のは多分返事が必要なんだろう。
「……まあ陸軍はこのタイプだろ」
「俺宇宙軍がフル換装タイプって知らなくてさあ。詐欺だよね。ほんとリクルーターなんてしょうもないすわ」
陸軍モデルは経費削減のために頭の外部装甲は変えられたとして中は生身だ。頭というのが一番コストがかかるらしい。そこを人間のままにするのってどうなん、と思うが、まあ下っ端がどうなるかなんて上層部は知らんということなんだろう。
「いいなー。俺、元は可愛い顔してたんだよ」
「可愛い顔が半分こうなんのは不本意じゃねえの」
「あーね。てか写真とかあるけど見る?」
「あんま興味ない」
「目もカートみたいにグリーンでさ。普通にモテてた」
「でしょうね」
「適当ー」
「じゃあなんでお前サイボーグ化したの」
赤信号で停まる。隣を見ると、マックスの目が点灯したままでこちらを見ていた。
何。いきなり黙ると急に不安になる。
そしてすぐにディスプレイ全面に大きくバツマークが表示された。
「その話地雷です」
「いや誘導されただけなんですけど」
「いいんだよ俺アニマトロニクス導入すっから。驚きのイケメンに戻っから」
「はいはいイケメンイケメン」
「ちょっとカートくん真面目に話してもらえます? あとごめんけどその話マジでもうしないで」
何があったんだ。わからないがとにかく地雷だと言うんだったらもう振らないほうが賢明なんだろう。ずっと隣で愚痴愚痴なにかを言い続けているマックスと中身がわからない荷物を乗せて道路を走る。「そこ右ね」と合いの手のように指示する声に従ってウィンカーを出した。

一ヶ月もすれば職場にも慣れる。爆薬を使った仕事なんて初回だけで、あとはセンパイたちとの共同業務や、(簡単な)荷物運びや、誰かの痕跡を消すくらいの大人しい内容が続いていた。
仕事が終わって家に帰る。今日は充電の減りに対して補給するタイミングを逃しまくったお陰で、部屋に着く頃には赤表示が見えていた。ドアを開ける。電気をつける。
そしてすぐに異変に気づいた。
というより、電気がつかなかった。
「……は?」
思わず呟きながらスイッチを弄る。部屋は暗いままだ。仕方なく暗視モードを使うが、結局部屋の中を確認したところで、荒らされた様子も変わった様子もなく、ただインフラだけが完全に止まっていた。
面倒だが管理会社に連絡を入れる。ここは管理人が常駐するような賃貸じゃない。まあわかってたことだが管理会社の電話にも営業時間外だと言われる。そりゃそうだ。俺だって今仕事から帰ってきたんだし。
「うざ……」
キッチンの吸引キャンディを挿しこんで一旦落ち着く。クソったれ。この近くには開いている店もないし、予備バッテリーは壊れてから買い替えていなかったせいで準備がない。あたりを見るが停電の様子はないから支払い関係で何かトラブったんだろうか。金の出入履歴を確認してもステータスは完了になっている。
ふいに、バッテリー残量が減る感覚に、無い血の気が失せる気がした。とりあえず暗視モードを解く。
「……会社戻るか」
まだ誰かいるかもしれない。最悪駐車場あたりに充電できる場所でもないだろうか。メインシステムを低スペックモードに切り替えて、消費エネルギーを抑えながらさっき来た道を惨めに戻る。めんどくさ。思いつつ足をのろのろと進める。今度給料入ったら予備バッテリー買お。
会社が入っている建物が見えてきて、うちの階がまだ明るいことに安心する。エレベーターでのぼると、事務所のドアがあって、そこに立っていたのはマックスだった。
「あれ、カートじゃん。忘れ物?」
真っ暗になった事務所のドアを閉めているのを見るに、ちょうど帰るところ、かつ、こいつが最後なんだろう。
中入れなさそう。
一気に希望が失せた気がしてどっと疲れがくる。思わずエレベーターを降りてすぐ、その場で低く呻きながら座り込んでしまった。
「なになになに。どうしたの。まだ開けられるよ」
「いや、……事務所って泊まれんよな」
「は? 泊まるってなんで。家でも爆破された?」
「家はあるけど電気止まってた」
「なにそれ。滞納?」
マックスが俺の前に屈む。
「いや支払いは完了してたんだけど」
「え? ていうか貴方いま低スペックじゃない? 予備バッテリーは?」
「……無い」
「はー」
呆れか何かのため息をつかれる。俺だっていろいろ呆れている。大通りのほう向かえばよかった。こっから歩く間のバッテリーもつだろうか。
「吸引食は手持ち無いけど、俺の予備バッテリーあるよ。使う?」
「……ごめんけど借りたい」
「レスが遅延してるー。もしや処理落ちしてない?」
言われて思い出したものがある。俺が顔を上げるとマックスの黄色の目が薄暗い廊下でも明るく見える。
「あのさ、前に入れたアプリ。あれずっとついててなんかすげぇバッテリー食うんだけど」
「は?」
マックスの目が明滅する。こいつ結構表情わかりやすいな。
「貴方それ常時つけてんの」
「え? ……知らんけど、なんかバックグラウンドでずっと生きてる」
「えー? タスクキルしてよ。今切って。いま、はやく!」
言われてアプリを切る。使用されていたメモリ領域が解放される気配がある。
「仕事で使うつったじゃん。勤務外は切っててよ」
「知らんて。お前が監視癖あるのかと思って」
「そんな癖に付き合わないでもらえます? なんでそんな、サイボーグ化してんのにシステムに無頓着なわけ」
言われてみればそうか。軍を辞めてからは健康診断もこの会社に来るまで受けてなかった。でもそんな怒られることなわけ。
「別に。肉体強化されればそれで良かったから」
「なんそれ。貴方シンプル強くなるためにサイボーグ化したの」
「そう」
「なるほどね」
あ、機嫌悪くなった。声のトーンが低い。たまに俺が謎の地雷を踏み抜くが、勝手にキレんのどうにかならんだろうか。なるほど。サイボーグ化に関する話は全般地雷らしい。めんどくさ。
だけど予備バッテリーは貸してくれるらしい。渡されたそれをあいたスロットに挿し込むと、充電が開始されて一気に安心感がくる。
「家、電気止まってんのね」
「明日管理会社に連絡する。でもマジで限界だから大通り側の安いホテルかなんか探してくんない」
「いまやってるけど休み前だからだいたい埋まってんよ。……あ」
「なに」
「近くのモーテルなら空きある」
「ティーンかよ。いや、でもいい。いくら」
「0.5」
「生活費じゃん……」
「背に腹じゃん。予約できそうだけどとる?」
「……あー、とる」
「とった。位置情報送るわ」
内部通信でデータが来る。予備バッテリーもあるから行けるだろう。最悪。でもさっきに比べればマシだった。
「さんきゅ。もう行くわ」
「あー待って。俺も行く」
「ん」
扉のロックとセキュリティをかけるのを眺める。
二人でエレベーターを降りて、事務所そばの道に出たら、マックスが俺についてくる。
「なに」
「え? モーテルこっちでしょ」
「は? お前もくんの」
「いや、行くつったじゃん」
「行くって、お前帰るんじゃないの」
「えー」
街灯の下でマックスが立ち止まる。
「だって俺がアプリ頼んだ手前後味悪いし。俺のプログラムあるから入れ直させてくんない」
「俺のって何」
「市販じゃないやつ。性能いいよ」
「いや、性能つっても」
「待って。歩きながら行こ。俺貴方運べないよ」
それもそうか。とっとと歩き始める。
「GPSは必要だから。今のアプリはアンインストして、俺のを入れる。あとついでに他のも仕込みたいんだけど」
「なに。怖」
「怖がらないでー。生体モニタしたいんだよね」
「監視癖じゃん」
「違ーう。各パーツのダメージ状況把握できた方がいいかと思ったんですう」
ナビを確認しようとしたら「こっち」とマックスが誘導する。
「今はまだ初日以外まともだけどさあ。他の人の報告書見た感じ、おいおい必要かなって思うんですよ」
「他の報告書とか見んの」
「見れるよー。共有フォルダで内部公開されてる」
必要以上にテキストを読む気にはなれない。通りの雰囲気が一気に薄暗くなる。
「で? やっていい? 全部俺に任せてくれればいいよ」
「マカリスターさんセクハラやめてくれます」
「ひど。同意取ろうとしてるところで誠実さ感じ取ってよ」
目指す先のモーテルは値段の割にマシそうだった。受付にいたダルそうなスタッフが、俺とマックスを見て片目をすがめる。そら男型のサイボーグ二人がこんな時間にきたらこんな顔にもなるか。
カードキーを受け取って部屋に入ると、俺の部屋よりマシかもしれなくて悲しかった。備え付けの充電用ケーブルを引っ張り出して接続する。
「あー……」
「大丈夫?」
「ギリギリ。予備バッテリー充電して返すわ」
「それは別にいいんだけど。アプリどうすんの」
言われてよくよく考える。まあ、必要なんだろうか。作戦立てるのこいつだし。GPSも生体モニタも、見られていることに違和感はあるが、それで自分が生きて帰る可能性が高くなるなら必須対価かもしれない。
従軍していた時なんて勝手に入れられてたんだし。
「……まあ、いいよ」
「英断ー。じゃあベッドに横んなって」
「マジでセクハラじゃないの」
「カートくんいつもそんなこと考えてんの?」
マックスがベッドに腰掛ける。接続用ケーブルを取り出すから、俺は仕方なくベッドに寝転がって左腕の差し込み口を明け渡した。ケーブルを接続したマックスが左腕のガジェットを弄り始める。
「これどんくらいで終わる?」
「んー、有線だけどちょっと調整あるかもだから1時間ないくらいかな。寝てていいよ」
「……そうする」
今日はもう疲れた。明日が休みでよかった。そんなことを思いながら目を瞑る。マックスの「おやすみ」という小さな声が聞こえた。気がした。

内蔵通信機に入った着信に驚いて起きる。
「うわっ、びっくりした」
目を開けるとマックスがいた。一瞬状況が理解できなくて、そういえば家の電気が、と思ったところで着信が鳴り続いていることを思い出す。
「ケーブル抜く?」
通信が入ったことに気づいたマックスに聞かれる。まだ作業中ということは、少しうとうとしただけか。
「抜けんなら」
「うん」
タスクが中断される。通信を受け取る。相手は妹の弁護士だった。
また何か起こしたらしい。相変わらずすぎてもう特に言うことはない。
「……はい。はい。……はい、分かりました。いつもんとこ入れたら連絡します。……はい。いえ、いいです。気をつけろってだけ。……はい。それじゃあ」
通信が切れる。本人からじゃなくて弁護士からなのも面倒くさい。後ろ頭を掻いて、吸引キャンディを家に忘れてきたのに気づく。最悪。マックスの表情ディスプレイがミュートから通常に戻る。
「大丈夫そ?」
「……あんま大丈夫ではない」
「ここ居るのはいいの」
「それは、別に。俺が行ってもどうにもならんし」
金だけ持ってかれる。もう悲観するようなことでもない。俺が望んでこうしてるんだし。でも予備バッテリー買い換えタイミングどうするかな。
「カートくん」
「なに」
「続きやっていい?」
「あー。……いいよ」
投げやりな声になっている。もうなんでもいいか。体を倒して左腕を出す。マックスがケーブルを繋ぎ直そうとして、ガジェットから伸びるコードを手にしたまま、動くのを止めたからそっちを見た。
「……なに」
「カートってキャンディやってるよね」
急にそんなことを言われる。
別に、合法ではないが知られること自体はどうでもいい。軍ではいろんなものが蔓延っていた。そのうちの一つなだけ。
「やってたら何だよ」
「なんか糖分切れっぽいから。そっちも予備持ってない?」
「……たかるつもりなら他当たれよ」
「違う違う。俺砂糖持ってるけど。いる?」
そう言いながらマックスがポケットから吸引器を取り出す。砂糖。吸引キャンディより依存性が高いのは聞いたことがあるけど。噂どおりこいつもヤク漬けだったってだけか。俺らはある意味お似合いなのかもしれない。
「どういう魂胆」
「カートいま眉間の皺すげーから」
「高値つけんならいままさに金使うこと決まったから無理だけど」
「一個提案があって。それのんでくれたらこれタダでいいよ」
砂糖一個と張り合う提案なんて絶対割に合わないことだ。分かっているけど、目が吸引器を見てしまうのは俺も中毒だからなのか。
「……内容による」
「うん。あのさ、俺とルームシェアしてほしいんだけど」
「……は?」
ルーム。シェア。
あまりにも耳馴染みがなくて一瞬理解が追いつかなかった。ルームシェア。
「お前と?」
「そ。カートも軍出てるなら共同生活問題ないでしょ。俺金貯めたいんだよね。固定費折半したら安くなると思わない?」
吸引器を振りながらマックスが言う。
軍では数人が同じ部屋に突っ込まれての共同生活か、野外訓練の簡易テントで野宿をしていた。雨風凌げれば正直それでいい。だが、金が浮くのならそれはそれで助かりはする。だけど。
「やだよ。お前女連れ込みそうだし」
「えー、信用ない。俺向こうの家に行くタイプだよ」
「ゲロ吐いていいか」
「いやごめん。冗談抜きで。死活問題なの。今度うちの家取り壊し決定しちゃって」
「はあ」
「今んとこ以上に都合いい物件なくてさ。試しにルームシェア物件探したらちょうどいいのがあって」
「住んでくれそうな友達いねえの」
「仕事の内容どこで漏れるか分かんないしさ。あ、じゃあ契約まわりとかめんどいこと全部俺がするって言ったら?」
「必死かよ」
「必死だよ」
「つかお前ルームシェアとかできんの。なんか無理そうだけど」
マックスが腕を胸の前で組んで考える仕草をする。
「カートくらい干渉してこないなら大丈夫かな。なんか俺ベタベタされんの苦手なんだよね」
なんだそれは。こいつの関わり方はベタベタするとは言わないのか。
「それ砂糖一個と吊り合う話か?」
「んー、わかんない。そこは貴方が決めていいよ」
最終的に放り出される。
どっちを選んでも俺に利点はある。砂糖を選んだらより楽な気がする。
だけどいいのか。
一人暮らしは楽だ。どんだけ不摂生でも誰にも文句は言われない。誰も俺に干渉しない。自分がしたことだけが自分に全部返ってくる。
マックスは多分いいやつだ。初対面はあまり好きじゃなかったし、あの社長室で会ってから、まあ、それほど経ってるわけでもないけど。知らないやつから知ってるやつになった今時点では、そんなに遠いヒトって訳じゃないのは分かった。失礼ながらいまの会社にたどり着いた時点で向こうも褒められるようなまともな人生でもないんだろうし。
ヤク漬けなのもバレてる。今まさに位置情報明け渡して、さらにはなんか別のものも仕込まれてる。
死なば諸共。って。どういう意味だったっけ。
「……いいよ」
「え?」
仰向けのまま顎を上げて吸引口を晒す。ここを見せるのはあまり品がいい行動ではない。
でも別にもうどうでもよかった。マックスは品とか見栄張る対象じゃない。
「挿して」
黄色の目が明滅する。
少しの間。
マックスの手が砂糖の包装を破る。普段から器用に動く指が吸引器をもち、指先が俺の吸引口を探るように撫でた。そして切先を吸引口に挿し込む。
かち、と容器が固定される。
砂糖を吸引器で摂取するのは初めてだ。普段吸ってるキャンディはそれほど純度が高くない。安い代わりに量で補って、余計な中毒になっているのは実感している。
飲み込んですぐ。頭がバグったかと思った。目の前に星が散る。そして、す、っと何かが冷える感覚。すぐに浮遊感が追ってきて、充電中の体が弛緩する感覚があった。
無い心臓を感じる。耳元で、もう忘れかけていた脈のような音が聞こえる。
「……カート、カート」
マックスの声がする。
分厚い膜をとおして聞くような遠い声。
「カート。大丈夫? 生体モニタもう見えてんだけど。ちょっとやばそ?」
暗い中、黄色のライトがピカピカと光る。それがやたらと綺麗に見えた。
マックスの目だ。表情ディスプレイを指で撫でる。かつ、と固いものがぶつかる音がする。
「マックス」
「あー、うん。ダメそうだね。あとで俺のこと怒っていいから。悪いけどボディの出力ちょっと下げるよ」
マックスの声が揺れている気がした。俺の耳、変になったんだろうか。
頭を持ち上げられる。首に何かケーブルが挿される。なんだっけこれ。いいか、別に。
急に体が重くなる。腕を下ろして、マックスの方を見る。
「なに、これ」
「ごめんね。俺じゃ貴方抑えらんないから。ちょっとボディのパワー弱くした。大丈夫、戻せるし、怖くないよ」
「怖、……?」
「カート。カート俺の方見て。俺の名前わかる?」
「……マックス」
「当たり。俺とカートはバディだよね。わかる?」
「……ああ」
「じゃあ俺はカートに怖いことしないし、カートも俺にひどいことしない。そうでしょ?」
「……そう」
「いい子」
頬が撫でられる。こんなことされた記憶がない。覚えてないだけか。わからないけど。マックスの指先の強化樹脂がひんやりしていて気持ちいい。思わず目を瞑る。
「急に強いの吸ってびっくりしちゃったね。ごめんね。だんだん馴染むから。大丈夫」
「……痛い」
「ん?」
喉から下。もっと上か? 下顎からその先の体が、突然何故かじくじくと痛み始める。
細いワイヤーできりきりと締められるような。不快感が全身を這う。
「痛い? え、カート、どこが痛い?」
「……ぜんぶ」
「全部って、頭も体も痛い?」
「頭は、いたくない。あとは全部いたい」
マックスの目が見える。光りながら俺を見ている。
「あー、……幻肢痛かな。陸軍タイプは出るんだっけ。頭トんで感覚が混乱してるのかも。痛いのってどんくらいきつい?」
「……」
どのくらい、と言われたら不快なくらいきつい。でも言いたくない。体を撫でたら楽になるだろうか。思うのに腕も痛いし、そもそも体が重い。
「うーん。カート。ちょっと我慢してね」
我慢。したくない。そう思ったところで伝えていいのかわからない。マックスの目しかよく見えない。部屋が暗い。黄色が明るい。キラキラしてる。体が痺れ始める。
「……マックス」
「大丈夫。痛くないようにしてあげる」
「ビリビリする」
「うん。神経系いじるね。大丈夫。俺上手だから」
「マックス……」
首の辺りが熱い。怖い。痺れが波みたいに襲ってくる。
「怖い」
「大丈夫。俺は怖いことしないし、すぐ痛くなくなるから。いくよ、3、2、……1」
ビク、と手足が勝手に動く。ベッドに体が沈む。
痛みと痺れが消えた。マックスの言ったとおり。
「……痛くない」
「ん。よかった。ビリビリしない?」
「しない」
「おっけ。気持ち悪くなったら言って」
「マックス」
「なに?」
「撫でて」
黄色が明滅する。痛くなくなった体が重い。
「いいよ。どこがいい?」
「……腕」
「うん。撫でるね」
マックスの声がする。黄色のライトが瞬く。俺はぼんやり天井を見ていて、何も感じない体を動かせずにいる。
「撫でてるけどどう?」
「……わからん」
「あー」
そう呟いたマックスが立ち上がる。置いてかれる。よく分からない不安感に急に襲われる。
手を掴もうとしたのに、俺の手が重くて動かない。
「マックス」
「カート。ちょっと乗るよ」
ベッドが沈む。仰向けの俺の腰あたりに、マックスが跨って乗り上げてきた。
「重い?」
「……わからん」
「うん。じゃあもうちょっと確認するね」
かち、と音が鳴った。俺とマックスの間に太くて長いケーブルがある。
「カート。……カート」
「……ん」
「寝ないで。俺のこと見てて。体変になったら教えてね。俺が治したげるから」
マックスの声がじわりと滲む。
頭の中で妹が見えた。
小さい頃の妹。今よりも昔。泣いていた妹に俺が言った言葉。
ーー俺がどうにかするから
しょうもない嘘。なんとかしたいのは本当だった。けどどうにかなんてなっていない。何も良くなんかなってない。クソッたれ。こんな。
情緒だか何だかがめちゃくちゃだ。
目と鼻の奥が痛くなる。昔一人で膝を抱えて声を飲み込んでいた。泣いた記憶なんていくらでもあった。最悪、最悪だ。自分の弱さがイヤになる。何もできない細い腕が嫌いだった。だからサイボーグにだってなったのに。
それなのに何もできていない。泣くことすらできなくなった俺に何が、何、どうして。
「……カート? 痛い?」
「……痛くない」
「ほんと? 具合悪い?」
「……」
これはなんだろうか。聞こえるのはマックスの声だけで。目の前にいるのもマックスだけで。夜のモーテルの部屋。ヤク漬けのサイボーグが二人で。
「カート」
ずっと俺の名前を呼ぶお前がいなかったら俺は。
「……カート。俺、間違えた」
「……?」
「俺、カートにも気持ちくなってほしかっただけなんだけど。バッド入っちゃって。ごめんね。そんなつもりなかったんだけど」
「……別に」
マックスのせいではない。俺が砂糖を欲しがっただけだ。そもそもキャンディより砂糖のがよっぽど高い。たぶん、俺が吸ったことがあって、こうなるって分かってたらマックスも吸わせたりしなかっただろう。
少しの間、お互い無言になる。
今までで一番静かな間だった。
「ねえカート、セックスしようか」
ぽつりと呟きながら黄色の目が瞬く。こいつの話はいつも突然でよく分からない。俺はマックスを見上げている。
「……は、」
「嫌なら言って。俺はカートに怖いことしないから」
怖いこと。怖いことって。セックスは怖いのか。どうだったっけ。なんでそんなこと言うんだろう。俺が嫌だって言ったらやらないのか。嫌だろうか。何が。
「……マックス」
「うん」
「俺、……お前のこと、すかしてるし、なんかムカつくし、いけすかないと思ってたけど」
「……ふふ、うん」
「でもいまは、そんな思ってない」
「ほんと?」
「お前のこと怖くないよ」
黄色の目。金髪と派手なジャケット。左腕のガジェットから俺の首に伸びるケーブル。
「カート。嫌じゃない?」
「……うん? うん」
「分かってなさそう。まあいいか。ムカついたら明日そう言ってね」
「……分かった」
マックスの両手が俺の顔に触れる。黄色の目が近づく。光の眩しさに目がチカチカする。思ってたら、かつ、と口の呼吸用デバイスに固いものがぶつかる音がした。マックスの前髪が俺の額に触れる。
「サイボーグ同士だとキスもできないね」
俺の頬を撫でながらマックスが言う。声が笑ってるのか、そうじゃないのか。分からなくて、俺は何も言わなかった。

「直接触るより気持ちよくなる方法知ってる?」
マックスがジャケットを脱ぐ。薄手のニット一枚。シルエットを見るとやっぱり俺とマックスのボディタイプが違いすぎる。
「……わからんけど、つか、俺らセックスできんの」
「できるよ。俺とならできるの。だからカートは俺以外とセックスしちゃダメだよ」
そうなんだろうか。マックスだけなのか。わからない、どうやるんだろう。
マックスが俺の足の間に移動する。膝を軽く持ち上げられて、マックスの腰を挟む格好にされるとぼんやりとした恥ずかしさがある。ポーズだけならもうセックスしてるみたいだ。ていうか。
「これ、俺が挿れられんの」
「俺がカートに挿れたいから。いい?」
どっちがいいかなんて考えてなかった。お互い服をまだ着たまま。ふわふわとした感覚が残る頭で考える。
「やったことない」
「うん。一緒にやろ」
「……うん」
「カートのナカ、ちょっと弄るね。怖くないから」
怖くない。ずっとマックスがそう言い続けている。俺は怖がってるのか。マックスを? どうだろう。こいつ何もミスしないから。あんまり怖いイメージは湧かない。
「圧感知と電気信号受容を外装から切って俺と接続するから。ちょっとビリビリするかも。……いくよ」
何言ってんだろ、と思ってたら、ビク、と体が勝手に震える。急にさっきまであった体の重さが薄れて、逆に肌寒いくらいの心許なさが広がる。
「マックス」
「痛い?」
「……いたくない。でもなんか、……」
「着てる服の感覚なくなって、裸になったみたい?」
「……」
そうか。そうかも。もう忘れかけてた感覚だった。首から下が装甲になって以来、こんなに触覚が剥き出しになったことなかった。自分の全身の皮膚が晒されているような。どうしてだか、昔の自分くらい体が細くなった気すらした。
「いまね、カートの触覚感知器官は全部俺が握ってんの。背中はベッドに、足は俺の体に触れてるでしょ。カートの腕撫でてあげるね。俺の手が触ってるの、わかる?」
頬、喉、肩から先、左腕とその先の指までをなにかが撫でる感触がある。それは知らない記憶だった。こんな触られ方したことないのに。知らない指が俺の皮膚を柔らかくなぞる。サイボーグに皮膚は無いのに。
何、なんだこれ。混乱しながら背筋がゾクゾクするのを感じる。
「マックス、……マックス」
「うん」
「なんか、その触り方、」
「俺の手だよ。カートの腕撫でてる。痛かったり気持ちよかったら言って。俺に教えて」
痛くない。ゆっくり撫で下ろされて、指を絡めて、手首を柔らかく掴まれる。すごい。なんでだろ。人間の体だったときの感覚みたいだ。
「……変だ。なんか、……だって、もう俺らサイボーグなのに」
「うん。頭に届く感覚俺がハッキングしてバグらせてるんだよね。大丈夫だよ、壊してないから。ちゃんとあとで元に戻したげる。ね、カート、俺の手冷たい? 触られて痛くない?」
そんなわけない。さっきから柔らかな皮膚同士が合わさっているんだと思い知らされている。強化樹脂製じゃない、人間の皮膚の感触が、剥き出しの俺の胸から腹を撫でていく。
ビク、と腰が揺れた。驚いてマックスを見る。
「いまの気持ちかった?」
「あ……ちが、」
「ここ好き?」
へそのあたりから下を撫でられる。それだけでまた腰が揺れる。マックスの体が俺の足の間にあるから、そうして揺れれば当然マックスにも伝わっている。
「マックス、……それ、それやめろ」
「痛い?」
「いた、くない。でも、」
「反射で震えても大丈夫だよ。気持ちよくてエッチな気分になってもいいの、俺とカートいまセックスしてるんだから」
「ま、マックス」
「うん。嫌?」
「……」
俺が答えられないでいると、マックスの体が俺の上に覆い被さってくる。体の前面が温かい。肌同士が触れ合ってる感覚に襲われる。
「マックス、」
「嬉しい。俺の名前いっぱい呼んで。カート、俺も今カートと同じ感触感じてるよ。頭バグらせて、全身皮膚が剥き出しで、いまカートと体合わせてる」
「……ん」
「カートあったかいね」
そう言ったマックスの腕が俺の背中に回る。抱きしめられてる。なんだこれは。頭が沸騰しそうなくらい気持ちいい。ぴったり重なった自分の体以外の熱がある。少し重くて、隙間なく触れられてて、身じろぎすれば肌が擦れる感覚がある。気持ちいい。本当はお互い服も着たまま、体もサイボーグのままなのに。
まるで正常位で挿れられてるみたいにマックスが少しだけ体をゆすり上げてくるから。俺はバグって勘違いしたまま下半身がずくずくと重くなるのを感じる。
「あ、……ぁ」
「……ん、カート、声聞かせて」
「……ぅ、……や、だ」
「恥ずかしい?」
答えるのも全部恥ずかしい。思わず出た自分の声は聞きたくないほど上擦っている。こんな声出して、マックスとベッドの上で抱き合って。軽くゆすられ続けてどんどん欲情してるのがわかる。
「う、……ぁ、あ」
「うん、気持ちいいね」
「あ……、……っ」
マックスの手が俺の体を撫でる。腰、その下、俺が開いたままの足の間に指が這う。
「あ、マックス、」
「怖くないよ。痛くもしない」
「だめ、そこ……」
「ここも気持ちいいよ」
足の付け根、肌を指で押されながら、もう長らく感じなくなった柔らかく固い部分を触られる。まるで体の輪郭を解らせられるような。換装手術の時に捨てたはずの感覚。刺激。マックスの手のひらが、見えない俺のペニスを握る。
「あ、あ、うそ」
「俺が触ってるのわかる?」
「なんで、あ、ん、……ぅ」
「擬似感覚でも気持ちよくなれてる。良かった。ふふ、カート腰揺れてる。可愛い」
言われたとおり、久しぶりの感覚に腰がビクついている。自分の意思ではない手のひらの感触が、ゆっくりと根本から先へと扱き上げていく。
部屋の中には衣擦れとベッドが軋む音だけがしていて。いつもより小さいマックスの声と、自分が出す恥ずかしい声だけが聞こえている。
「マックス、っあ、そこ、やめ、」
「ここ?」
根本を柔らかく握られる。気持ちいい。背筋が震える。俺は思わずマックスの体にしがみついた。すがるみたいな情けない格好だけど、マックスのもう片方の手が宥めるように俺の背中を撫でるのも気持ちよくて頭が変になる。
指の輪に扱かれてペニスが熱を持っていく。なんで。分からない。芯をもったそこをマックスの指が何度も上下に刺激する。
「っあ、…あ、ぁ、ん、ぅ」
「カート、」
「ん、…んっ、や、だ……あ、…あっ」
「……やだ? それとも続けていい?」
「マッ、クス、……あっ、ん、ん、」
「教えて。カート」
そう言いながら手は止めてくれない。俺は気づけばマックスの手に向かって自ら腰を揺らしていて、もう口で何を言っていても気持ちよくなってるのはたぶんマックスにバレているんだろう。
「……カート、ね、このままイっていいよ。刺激は俺がバグらせてるけど、気持ちよくてイくのはカートの頭が感じてることだから」
「ん、ん……」
「俺の手使って気持ちよくなって。どこが好き? 気持ちいいとこ教えて」
「…ん、ぅ、あ……、ん、さ、先っぽ、そこ、」
「……ここ?」
「ーーっ!」
カリ下のくびれをマックスの指が扱く。途端、頭の奥が熱くなって、聞いたことのない声が出て、俺はビクビクと内腿を震わせた。
「あ、っ、ぁ……んぅうううううっ」
「ここ好き?」
「あっ、だめ、や、だ、ぁ、あぁああああ、あっ、あ」
「カート声可愛い」
ぐ、と指の強さが変わる。刺激されてまた体が揺れる。イってる。イってるのに、射精がないからか、マックスに握られているペニスの気持ちよさが溜まり続けて逃がせない。イきながら扱かれてる。マックスの手の中でペニスが震える。
「マックス、これ、これ……あ、っあ、」
「……あー、ごめん、このセックスだとドライしかないかも。つらいよね」
「あっ、あ、だめ、また、」
「うん、すぐ直す。ごめんね。だしたいよね」
そう言いながらマックスの手に刺激され続けている。扱く指先が弱いところをくにくにと弄る。
「んあっ、まっ、てぇ、あ、やめ、あ、や、……ーーんぅううううっ」
頭焼き切れそう。何してるんだ。なんで手を止めてくれないのか。襲うような快楽に閉じようとする足はマックスの腰を強く挟むだけだ。足のつま先まで震えながら硬直しているのが分かる。自分の意思で止められるはずもない。
「んー、……ん。直った。カート。カート、大丈夫? 次イったらだせるよ」
マックスが俺の頭を撫でる。そして何度目かも分からない追い立てで上下に扱いてくる。裏筋擦る指が今までで一番強い。気持ちいい。ダメだ。腰が揺れる。弱いとこ全部分かられてる。
ぐりゅ、とくびれが強く擦られた。
「っあ、あぅ、ぁ、あああ、ーー〜〜〜〜っ!!」
ビクン、と大きく体全部が跳ねた。達し続けたペニスが堪えられずに射精する。ヤバい。イくの止まらない。波のように襲う気持ちよさにビクビクとあらゆる場所が痙攣する。信じられないくらい気持ちいい。
「ああっ、あ、あああ、あ……」
がくつく体をマックスに抱き締められている。ペニスは扱く手から解放されて、ひくつきながら射精の気持ちよさに震えているのがわかる。
こんな、生々しい感覚を浴びたのがあまりにも久しぶりで頭の処理が追いつかない。目がチカチカする。こんな気持ちよかったっけ。自慰でここまで意識が朦朧としたことなんてない。
「……は、あ、ぁう……っん、ぅ……」
「カート。イってる声めちゃくちゃ可愛い。何度もイかせてごめんね。気持ちよかったね」
余韻イきしている俺をマックスが撫でる。性的な感じじゃなくて、宥めるためみたいな気持ちよさがある。
乱れた息を整えていると、またマックスが俺の体を抱きしめた。さっきとは少し違う。ただ単純に肌を重ねるだけの仕草。
「……、マックス?」
「んー」
「……お前は」
「俺?」
なんとなくわざとらしさを感じる声。俺は力が抜けた腕をなんとか持ち上げてマックスの肩を掴む。
「俺しかイってない」
「うん」
「挿れねえの」
「……んー」
目の前で黄色が明滅する。
「ねえカート」
「……?」
「ハッキングしてる相手煽っちゃダメだよ」
そう言いながら頭を撫でられる。まあそうか。俺今ハッキングされてんのか。
マックスが体を起こす。身勝手すぎるが、肌が離れてなんとなく物足りなさを感じた。そんなことを考えてたらへたれてたペニスを弱く握られる。
「マックス、もう、」
「大丈夫。今日はもうここ弄んないから」
指先が俺の根本を撫でる。そして肌を伝い、ゆっくりとその奥の方に触れていく。
また無いはずのものに触られる。窄まりのふちを指でなぞられて、俺は、またのぼる背筋のゾクゾクに目を見開いた。
「……あ」
「ここ。柔らかくしないとね」
「……ほんとに挿入んの」
「うん。煽ったのカートくんでしょ」
少しふざけた言い方が逆に俺を躊躇させる。
マックスの手が俺の腹を撫でる。
「ごめん。怖いことしないって言ったのに。今のは俺が悪い、ごめん。でも俺もちょっと余裕無くなってきたから」
「……うん」
「挿れていい? ダメなら言って。まだ我慢できるから」
また。選択を渡される。
マックスは俺に選ばせようとする。
俺はマックスを見上げて、呼吸一つ分の間をもらう。
「……いいよ」
「ほんと?」
「うん」
「カート」
くっ、と窄まりに当てられた指が中央を軽く押してくる。その感覚に俺の腰が浮く。
「可愛い。痛くないようにここ、グズグズにしてあげるね」

「ん、…ぅ、ふ、う、ん、ん」
ずっと。マックスの指が俺の後ろをほぐしている。
つぽつぽと指先を抜き差しして、知らない感覚に固くなっている窄まりを甘やかしてくる。深く、浅く、強弱をつけながら、俺に後ろの感覚を覚えさせようとする。
「マッ、クス、ん、マックス、これ、あ、」
「んー。ごめん、ちょっと濡らすね」
濡らすって。何を。そう思った瞬間、いきなりマックスの指がぬりゅん、と深く入り込んだ。
「ーーっ!!」
なぜか濡れて摩擦が弱くなってる。すぐにまた抜き挿しが始まる。俺の中に深く挿しこまれた指が、それでも狭そうに肉壁を掻く。
「あ、あっ、あ、や、マックス、マックス」
「苦しい? 大丈夫?」
「ナカ、あ、ぁ、こす、ったら、あっ、ぃ、」
「気持ちいい?」
「ん、んっ、あ、やだ、ぐりって、すん、な、あ、ん、」
「ね、カート。俺の手、ほんとはカートの足の間に当ててるだけだよ。でも俺とカートの頭の中だと、カートの後ろに俺の指入っちゃってる。すごい指締めてんね。俺の指気持ちいい?」
「あっ、あ、んぉ、あ、ぅ、あ、ぁ」
もうナカの奥まで指が入ってる。自分の頭がバカになった感覚だ。マックスの指が、抜き挿しだけじゃなく、ぐり、とナカをえぐる動きをし始めて、俺は足を閉じそうになるのに、マックスの腕がそれを止めてくる。
「はー、っあ、ぁ、んっ、ぉ、ん、んぅ、ふ」
「濡らしたら気持ちよくなってきたね」
「は、あ、っあ」
「指、増やすね」
抜き挿しのタイミングで、くん、ともう一本の指が添えられる。俺は身構えたのに、ふちは簡単に二本目を飲み込んだ。
「あぁああっ! ……ああ、んぁ、あ、はっ、あ」
「あー……カートの声ヤバ、もうずっとちんこ痛いんだけど」
「なに、いって、っあ、あ、ん、あ」
「声出したら身体楽だよ。そのまま俺に聞かせて」
「ん、ん、んぅ、あっ」
水音が聞こえないのが不思議なくらい、ぬるついた指の抽挿がはやくなってくる。ナカの壁を開いて奥を突き上げてくる。自分のどこにマックスの指があるのかわかる。
どうしよう。気持ちいい。きもちいい。
「あっ、ん、ぅ、……ーーっ!!!」
「あ」
ビクン、と腰が跳ねる。
何。いま。変なところあった。
マックスがそこを撫でたら体が勝手に。
驚いてマックスを見ると、黄色の目がチカチカしている。
何も言わずに、コリュ、とまた指先がそこを擦る。
「っぉ、あ、ーーんぅうううううっ!!」
「ここ」
ぐり、ぐに、と同じところをしつこく捏ねられる。体が震える。
やだ。
わけわからんくらい気持ちいい。
「あっ、マッ、んぁっ、あっ、ぅあっ」
「すご。カート、ここ、気持ちよさそう」
「ひぁ、あ、あっ、やだ、や、イく、イく、から、」
「うん。イっていいよ。腰逃がさないで。見てるからイってみて」
「や、やだ、み、るな、やだ、っ、あ、あっ、ーーーー〜〜〜〜〜っ!!」
背中がのけぞる。
信じられないくらい体がビクつく。
溜まった射精をしたときより全然こっちのがキツいイキかたしてる。
大きな波が何度もきて、自分の奥がきゅうきゅうとマックスの指を締め付けてる。その感覚でまたイって。マックスが、くん、とそのポイントを刺激するから、またイった。
怖い。これマックスにハッキングされてるからなのか。元から自分がこんなヤバい体だったのか。分からない。
「マックス、……マックス、」
「ん、ここにいるよ。カートずっとイってて可愛い。中ビクついてるね。気持ちいい?」
「や、だ、これ、怖い、変だ、へん、んっ、ぅ、」
「変じゃないよ。中イキしたの。ここ、男が気持ちよくなれるとこでね、昔のカートにもあったんだよ。知らなかったんだね」
「しらな、い、知らない、やだ、マックス、」
「大丈夫。俺とカートしか知らないから。ここ弄られると身体震えちゃうね。カート、気持ちいいって言ってみて。怖くなくなるよ」
「うそ、あっ、やっ、やだ、そこ、ぉ、」
「気持ちいいね」
マックスはそれしか言わない。
自分の体が言うこときかない。逃げたいのに、こりこりと刺激してくるマックスの指が離れそうになったら、思わずマックスを見上げてしまう。
黄色の目。ずっと俺を見ている。
コリュ、とまたポイントを押された。
「ーーっ!! っぁああああああっ!!」
後ろがぐちゃぐちゃにされてる。俺の足はだらしなく開いて全部をマックスに見られている。頭の奥にある芯のところが千切れそうなくらいヒリついている。
何度もイきすぎてつらい。
「あぅ、あ、……ん、ぉ、あ、や、……」
マックスの指が緩やかになって、ポイントを強く刺激しなくなったから、なんとか呼吸できるようになった。自分の息が荒い。体が全部いうことを聞かない。
「……マ、マックス、あ、ん、っう、ぅ」
「うん。カートすごいエッチな顔してる。ね、指三本入ったよ。カート、セックス上手だね」
なに。いつのまに挿れたんだ。ぐちゃぐちゃなのはそのせいなのか。じゅぷ、と指をまとめて動かされると、太く感じる圧迫感が違う快楽を伝えてくる。何度も抽挿される。何度も怖いポイントを掠められて、腰が揺れる。
「マックス、マックス……」
「カート?」
「やだ、苦しい、これ、怖い、やだ……」
「……カート、ごめん。つらかった? ごめんね、いやだったら、」
「指、もうやだ、抜いて、はやく挿れて、マックス、」
人間のままだったら泣いてたかもしれない。換装されたときに涙腺無くしててよかった。身体中ビリビリしてるのが怖い。さっきみたいに抱きしめられたら安心するんだろうか。
「カート」
「あ、ん、んぅ、んっ」
「カート、……好き。好きだよ。ねえカート。俺だけにして。俺とだけセックスしてよ。他のやつとやんないで。こんな状態のカート他のやつに見せないで。すごい可愛い。好きだよ。ねえ、俺だけのものになって、カート」
「……? お前としか、セックスできないって、さっき、」
「あー、……うん。そう。でも約束して。お願い。俺も頭変になりそう」
そう言いながらマックスが覆い被さるように抱きしめてくれる。やっぱり。これ好きだ。あったかくて気持ちいい。
頭バカになったまま抱きしめられると安心するのはなんでなんだろう。
「マックス、」
「うん」
「お前とだけ、セックスする。俺、ん、マックスにナカ弄られんの、……気持ちいい、から、あっ、あ、ん、そこ、ダメだ、って、」
「気持ちいいんだもんね?」
「んあっ、あ、ん、ん、ぅん、気持ち、いいから、あっ」
「カート。カート、俺のこと好き?」
マックスが俺の顔を覗き込む。奥に咥えた指の動きが止まる。
俺が乱れた息のまま、マックスと目が合う。しんとした空気がある。マックスは何が欲しいんだろう。
「……嫌いじゃない」
「うそ、ここで?」
マックスが変な声を出す。目がチカチカしている。それがおかしくて笑った。
「ん……、たぶん、お前のこと、お前が思ってるより好きだと思うわ」

指が奥から抜かれた。
マックスが俺の腰を掴んで、自分の腰を合わせてくる。
ちゅぷ、と丸くて熱いものが窄まりに当てられる。頭がバグっててずっと気持ちいい。
「カート。力抜いて。俺が軽く突くから、その時に呼吸して。……ん、ん、ここ、わかる?」
「う、あ、っあ、わ、かる、から、」
「うん。上手。そのまま、俺に任せて」
くん、くん、と腰が揺らされる。ベッドが軋んでいる。やっぱり恥ずかしい。全部されるがままだ。でも気持ちよくて逃げられない。熱いものが窄まりの中央を突く。
ーーぐぷん、と、先端の一番太いところが急に挿入った。
「ーーっ……ぅ、あ、」
「……ん、ん、カート、痛くない? ね、痛かったら教えてね。……はっ、あ、…あー、ナカ、狭……」
ゆっくりと。マックスがナカに挿入ってくる。ヤバい。気持ちいい。グズグズにされた内側の壁が擦られてる。さっきみたいな鋭い気持ちよさじゃなくて。押し拡げられて満たされるみたいな。
マックスに突かれて身体が揺れる。ナカの奥まできてるのがわかる。引いて、挿して。もっと奥に。もっと深いところ。俺も知らない部分を暴かれてる。
「あっ、あ、あ、ん、」
「ん、ふっ、ん、」
熱い。擦られてる。気持ちいい。それだけで頭がいっぱいになる。
やがてマックスが深呼吸しながら突くのをやめた。なんで、と思ったけど、ナカに全部納めたみたいだった。
「あー、……カートの中あったかい。……いま、どう? きつい?」
聞かれて頭を振る。声がもう出ないくらい気持ちよすぎて無理だ。
「ん、じゃ……動くね」
え、と思ったら、マックスの腰が引かれて、とん、とまた俺の腰にぶつけられる。それだけで俺の中はマックスの熱でめちゃくちゃに気持ちよくされる。
「うぁ、……あ、……ん、……ん」
「カート。……ね、ここ突いてい?」
ごりゅ、と、指で見つけられたポイントを熱で強く潰される。途端ナカがうねるのが自分でもわかった。目の前に星が散る。
「っお、ぉ、あ、そこ、だめ、あ、マック、マックス、」
「カート。カート、可愛い。あとで俺のこと怒っていいから。ここ突くね」
何度も。マックスの熱が引いては突き上げてくる。ヤバい。ヤバい。気持ちいい。体が痙攣する。変な声出る。
「や、あぁっ、あ、んぅ、お、あ、」
「ナカ気持ちいい。カート、中イキしてる、可愛い、俺の気持ちいい? ずっとビクビクしてる、あー、好き、好きだよ」
重い気持ちよさがずっと与えられてる。何度も擦られながら、何度も奥まで挿入れられてる。マックスの手が俺の下腹部を撫でている。その刺激すらナカに響いてまたイかされる。
俺の体はもう力も入っていなくて、マックスに揺さぶられるまま、いろんなところを震わせているだけだ。
「カート。カート、……ん、イく、イきそ、ナカすご、もう気持ちよくて出そう。俺も射精しちゃう。カート、俺も出していい? 俺らのバグだから、中に出しても大丈夫だから。ね、カート、いい?」
ずっと攻められながら、それでもマックスは俺に選択させようとする。俺はもうバカになってるから何も考えられない。擦られるナカが熱い。はやく欲しい。何度もイってる内壁が性懲りもなく咥えてうねる。
「あぅ、あ、っあ、あ、ん、ぅ、マッ、クス、あ、だして、もう、なか、ナカに」
「うん。だすね。奥にだす。イく、イくから、飲み込んで。全部あげる。カート、カート……っ」
ぐん、と一際強く突き上げられる。ビクン、と腰が揺れて、どく、と知らない熱が中に吐き出される。
体が震える。マックスのがドクドクと脈打ちながら俺の中をぐちゃぐちゃにする。ヤバい。気持ちいい。中出しされながら突かれるの気持ちいい。こんなの知らない。喘ぎながらいくらでもマックスを締めつける。
「あー、……カート、ヤバ、気持ちいい、好きだよ、カート、ねえ、絶対俺だけにして、ダメだからね、俺と一緒に気持ちくなってね。好き。カート、好きだよ」
抱きしめられながらマックスの声が頭に響く。なんか言わないと。思うけど俺はもう限界で、そのまま意識を失った。

目が覚める。
まだ夜中と朝の間の時間。
知らんベッドにいる理由を思い出して、そのまま夜にあったことも思い出した。
横を見ると充電ケーブルを繋げたマックスが寝ている。神経弄られて幻覚みたいなセックスをしたから、俺らは大人しく昨日の服を着たままだ。
頭はボーッとしてるけどこれは寝起きだからか、砂糖のピークを抜けたからか。ひとまずもう砂糖はあの量摂らないと誓う。少なくとも一人では。
……というか、というか!
突然爆弾のような恥ずかしさが押しつけられた気分だ。悲しいかな、完全に全部憶えている。俺が何やったか、何を口走ったか、どんなことを思ったか。恐ろしすぎる。トリップしたなら大人しく全部忘れてほしい。
一つのベッドに二人で寝たのか。セックスの後すぎる。マックスが寝ている範囲狭。俺に譲りすぎでは。
くらくらする頭を抱えて、とりあえずマックスもうちょっとこっち側に転がらんだろうかと思っていると、ディスプレイにノイズがはしり、すぐに見慣れた黄色の丸が二つ現れた。
「……マックス?」
「んー。……あれ、カートくんもう起きたの」
言われるのが恥ずかしい。いやこいつがうたた寝して起きるところとか見たことはあるけど。いまと状況が違いすぎる。
そういえば。
こいつに憶えてるかどうかってバレてるんだろうか。
マックスは素面だったけど。(ていうかあれを素面でされたのか)
俺はバッドトリップからのキメセクだったわけで。
もし忘れたフリしたらそのまま押し切れるだろうか。
押し切るって。
何を。
「あー、昨日めんどくてこっちで寝ちゃった。俺こっちで寝直すね」
言ってマックスが隣のベッドに移ろうとする。
こいつはどこまで俺を見透かしているんだろうか。
まだ分からない。
けど。
「……マックス」
「ん?」
「お前、どこまで憶えてんの」
昨日と同じように。ベッドサイドに座りながらマックスが俺を振り返る。
変な空気がその場に漂った。
「……カートくんさ」
「なに」
「それ憶えてるほうの言い方じゃん。言い逃れできないよ」
黄色の目の明滅。
俺は首にあるケーブル口をさする。
「……ルームシェアどうすんの」
思わず口からこぼれる。
訊きながら、もう逃げ道はないと知る。
それを伝えるためだけの質問だ。
恥ずかしさを誤魔化しているとも言える。
「……はー」
マックスがデカいため息をついた。そしてそれに俺がビビっていると、勢いよくベッドに倒れ込んでくる。
「するに決まってんじゃん!」
「声でかいんですけど」
ベッドで大の字で大人の男が大声を出している。
なんだこの状況は。
ぐしゃぐしゃになったシーツを頭からかぶるマックスは寝汚い子供みたいに見える。呻いているのは何なんだ。恥ずかしいのか。俺も恥ずかしいんだが。
「俺がさあー、昨日どんな気持ちでさあー、意識トバしたカートくんとの接続切って、中断タスク終わらせたか分かってんの?」
「え? あー、そういえば、終わってなかったっけ」
「いやそれは俺が中断残してたのが悪いからマジでごめんなんだけども! でもマジ、朝目が覚めたら全部無かったことにされても仕方ないよなとかー、仕事影響すっかなとかー、いろいろ考えてほんと俺が堕ちそうだった」
「なんでだよ」
「カートくん、俺が忘れたっつったらどうしてたの」
いきなりそんなことを訊かれる。シーツの中からぐしゃぐしゃに髪が乱れたマックスが見上げてくるのはなんかウケる。
「お前が忘れるわけなくない」
「……なんそれ」
「お前俺のこと好きじゃん」
マックスの目が明滅する。あきらかな動揺。
「好きですけど!?」
「だから声がデカい」
眉を顰めると、マックスが急に天井を見上げた。なんだこいつ。本当に大丈夫か。昨日の俺くらい情緒ヤバい。
「あー、もう。内見予約しよ。……とれた。カートくん今日付き合ってよ。予定あっても俺優先して。あといま住んでるしょうもない部屋さっさと解約して」
めんどくさい彼女みたいなこと言われてる。
「しょうもない言うな。しょうもないけど」
「今度の休みにもう引っ越そ。たぶん一月くらい契約期間被るけどもういいや。もう一緒に住まないと貴方恐ろしいもの」
「何が」
「いやエッチすぎんだよね。ほんとに。てか服もう一枚着てくんない? 今日それも見に行こ?」
「そう思ってんのお前だけでしょ」
「自覚ないわけ? 勘弁してよ」
「つか俺が好きとか、お前の好みいかちいね」
「貴方が可愛いって話してんだよこっちは!」
結局チェックアウトぎりぎりまでだらけて、その間にマックスが見繕ったジャケットを見に行く予定まで立てられる。なんか昨日までと今日の朝からでだいぶテンション違うけど。こいつは元がこっちなんだろうか。違うか。どっちも素で、こっちが出るようになっただけかも。
そういえば予備バッテリーも買っといた方がいい。やらなきゃいけないクソみたいなことはまだ山とあるけど。モーテルの部屋を出て、ひとまず大通りに向かう。今日は予定を消化するだけで一日が終わる気がした。