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バッドトリップ #2

引っ越しの翌朝。目が覚めて、まず自分の部屋がわからず、起き上がってようやく状況を思い出した。
せっかくの連休を慌ただしく終えたせいで普通に疲れている。次の休みは三日後だ。通算十連勤の感覚に近い。最悪。だけどベッドは良くなったから変に頭はすっきりしていて、それが少し悔しかった。
そしてその日のうちに職場でマックスと俺がルームシェアを始めた話が広まった。
事務処理が必要だから報告はしていたんだが。どっから漏れたのかと思ったらマックスだった。おい。雑談のネタにするな。いい加減にしろ。
いや別にどうでもいいんですけど。でも「お熱いなあ」なんて言うセンパイを絞められたらよかった。ハッピーお花畑な頭を落とせたらどんだけスッとしただろう。
社長には「プライベートを職場に持ち込むなよ」と言われたが、職場から揉め事を持ち帰ることもあるかもしれない。その場合はメンタル的な労災を下ろしてもらえないんだろうか。

その日の仕事はヒトを一人消すことだった。
文字どおり。初めて明確に消去した。
この依頼をした奴はどんな面をして金を払ったんだろう。足もつかない、本当の原因は闇に消えて、そいつが望んだとおりに男が一人心臓麻痺で死んだ。殺されたとも言う。俺が羽交締めにしたターゲットに、マックスが電極ガジェットをあてて操作して話は終わり。痕は残らないように。その程度のアームの出力操作はできる。
死んだそいつは路地裏に転がした。
いつもどおり、車の運転をしながら、助手席でマックスが報告書を仕上げて会社のサーバーにアップしている。
「カートくんこの仕事以外でヒト殺したことある?」
物騒な雑談ネタ。
「それ元軍人全員に聞いてこいよ」
「裏方もいるじゃん。手汚さないで済む配置の」
まあ、いた。何かしらの力を持って、楽な配置で見ているだけの下衆ども。
ヒトを殺したこと。
「経験済みだけど」
「銃?」
「どっちも。手だと洗うのが面倒だったから銃が楽」
「へー。俺も銃のが楽。近寄れば寄るだけ相手がヒトだーって分かるから」
「今日目の前だっただろ」
「あいつねー。脂肪があると出力調整しないといけないから面倒なんだよね。痕残すなって言われてたし一発で決まって良かったー」
珍しいことだった。マックスはなんでも一度で成功させるようなイメージあるから。仕事に関する俺の中での評価はずっと高い。雑談のネタの出し方への信頼は低い。
「ねー、こういう仕事増えんのかね」
「さあ。でも初日のやつも結局爆破で何人か死んでんだろ」
「3人死んだってニュースでやってた。でもそれで構わないって依頼だったし」
やけに今日は話す。いや、いつも喋り続けてるけど。なんとなく、自然と出ているわけではなく喋り続けたくて話しているような違和感がある。
宇宙軍に比べたら陸軍ははっきりとヒトを殺していると思う。銃が届く範囲。弾が切れたら自分の腕で。そのためのアームだ。仕事をするためのメカニックアーム。強化人間相手でも骨なんて簡単に砕ける。そして肩の各バッテリーが切れたら何もできない鉄屑になる。
「殺しはしたくないわけ」
「別に。他の仕事のが楽だなーって。まあ、仕事だし何でもしますけど? どうせ俺らに回ってくるのなんて死んで構わない奴らでしょ」
「まあ。少なくとも依頼人からすれば」
「でもこれ系だとボーナス出るからそこは助かりますわ」
軍に入隊して初めてヒトを殺した時。こんなに簡単だとは思わなかった。サイボーグの腕に銃の引き金は軽すぎる。そして、軍にいる間はヒトを殺しても罪にならないのだと知った。
あの時死んだ奴と今日死んだ奴は何が違うんだろう。
マックスはヒトを殺したくないのか。殺す手間が面倒なだけなのか。俺は別にもういいんだが、今日みたいに死因が暴行以外を指定されると出てきてもらわないとどうしようもない。あのガジェット俺では扱えないだろうか。扱えないんだろうな。遠隔でやったりとかできればまだマシなんだろうか。そんなことをマックスに言ったらまた地雷だと言ってキレられるかも。こいつのキレポイントはまだよく分からない。
俺は今日ものうのうと帰って、キャンディ吸って、殺したやつの最後の抵抗を受けた腕の感覚を鈍らせる。どうせすぐ忘れる。覚えててやる義理もない。
ただ夢は見る。
マックスみたいなフル換装でも夢を見るんだろうか。訊いたらまた地雷だ何だと言われるだろうから、俺が一生知ることはないんだろうけど。

中身不明の荷物運搬の仕事を終えた帰りだった。
運転中、内蔵された通信機器に着信がある。マックスを横目で見るとディスプレイにミュートと表示されたが、本当に耳を塞いでいるかは定かじゃない。
『もしもし。……はい、……はい、いえ、……はい。分かりました。いつもんとこに。……はい、……、いえ、でも気いつけろってだけ言っといてもらって。……はい。はい、……よろしくお願いします』
内蔵だから外部出力を切って通信すれば聞こえるはずもない。でも俺の中にはマックスが作ったプログラムが入っていて、何がどこまでこいつに伝わっているかを俺はまだ知らないままでいる。よく考えたらそれってヤバいんじゃないのか。
とりあえず通信を切るとすぐにマックスがミュートを解除したから、俺が通信しているかどうかはこいつに筒抜けというわけだ。監視欲やば。
「なに? 誰?」
「お前デリカシー欠品してんの」
「そこになければ無いですね。別に言いたくないなら言わなくていいよ」
そもそもそのスタンスなら訊いてくるほうがおかしくないか。
「言いたくない」
「わかった」
会話が本当にそこで終わる。マックスが暇そうに外を見ている。
電話の相手は妹お抱えの弁護士だった。妹は、性質や性格もあるが、何が起こっているのかと思うほどに事件やコトに巻き込まれやすい。そのおかげで裕福でもないのに懇意の弁護士がいるくらいだ。もう妹から連絡がくることはなく、話を早く済ませるために依頼を受けた弁護士の方から直接請求が俺にくる。その金を妹が払えるわけはない。少なくとも、俺の仕送りを当てにするような生活をしている間は。
男運の悪さは母親譲りだろうか。そんなことを考えている自分はクソだと思う。俺が仕送りをしている間は妹もまともに働かないだろう。分かっているのに俺はそれを止めないでいる。
事務所に車を戻して退勤する。今日はマックスが残業をしないから一緒に帰ることになる。適当な食料を買ってアパートに着いた。明日はようやく休みだ。揃って薬物を吸って、各々の部屋に戻っていく。
マックスとの生活はそれほど苦じゃない。自室に戻れば一人暮らしとほとんど変わらなかった。時々発生する、共有部を各自が使うときに感じる他人の気配ぐらいしか変化はない。住んでみるとお互い干渉しない限りはルームシェアに問題はなかった。
水を取りに部屋を出ると、ちょうどマックスがシャワーから出てきたところだった。不意に思い出したことがある。
「そういや、」
「ん?」
ウィッグの毛先から水が垂れて、肩にかけたタオルが濡れている。
「お前、女のところに行くタイプって言ってただろ」
「うん」
「でも休みとか平日も基本家にいるよな」
「あー。そうね。俺も水ちょうだい」
使い捨ての吸入ストローを差してボトルを渡すとマックスがいくらか飲んで一息つく。
「いまはいないんだよね。ちょうどいい子がいないというか。人と付き合うのってお金かかるし」
それには同意だ。何せ目の前のこいつに付き合って内蔵メモリと追加容量を買わされた記憶もまだ新しい。
ちょうどいい子というのが引っ掛かったが、マックスが女から金を貰っているかどうかは俺には関係ないのだから聞く必要もない。
妹の弁護料の引き落としステータスが完了したというメッセージが届く。
俺の金はこうして消えていく。そのために俺は存在している。

「ゲームする友達欲しいんだよね」
マックスがゲームをしながらそう言った。珍しく自室じゃなくリビングのテーブルセットに座っている。
手にしているのはマックスが暇な時間によく引っ張り出してる携帯ゲーム機だった。俺はそのゲーム機で何をしているのかも分からないし、ゲームをしながらゲームする友達欲しいと呟く意味も分からない。
「ネット探せば」
「いやそうじゃなくて。これのマルチプレイ用にもう一人いてほしいなって。ネットの人とは別のゲームしてるし」
これ、とは手元のゲームのことだろう。他にもやってんのか。こいつはいくつゲームしてんだろう。引っ越しの時にネット上の知り合いがいそうなことも言っていたが、そいつらとルームシェアする可能性もあったんだろうか。気さくすぎないか。
そして俺はマックスの呟きに返事をしてしまったのでまんまと足止めを食らわされている。食べ物のパウチ取ってさっさと戻ればよかった。
「でさ、カートくんはゲーム機渡したら遊んでくれんの」
途端、ゲーム機から顔を上げてマックスが俺を見た。
「……は」
「これなら一番簡単なボタン配置だから。俺教えるし。初心者もたぶんできる」
差し出された携帯ゲーム機は俺の知らないものだった。これが最新なのか、ずっと使っている旧型なのかもわからない。画面と操作ボタンが一体化したそれは、画面に映っているゲームができるということなのか。その左右のボタンはそれぞれ何なんだ。
何もわからないままマックスの黄色の目を見る。
「なんで俺がゲーム初心者前提なわけ」
「玄人なの」
「いや、やったことない」
お察しのとおりゲームなんかしたことがない。古臭い考え方の父親がそんなものは許さなかった。今考えればそもそもそんなものを買う金も無かったのかもしれない。
お陰で学校での友達との会話は続かなくて、俺以外が話す新旧問わないゲームの話題は想像できないくらい遠い世界の話だった。羨ましさはあった。自分の向き不向きもやったことがないから分からないが。
「俺たぶん下手だけど」
「上手いと思ってないから大丈夫よ」
「ていうか、なんで俺なん。お前他にも友達いるべ」
「ねえカートくん、」
そのまま、会話を途切れさせない程度の間を置いてマックスが俺を呼ぶ。
「やりたくないならそう言えば? そうやって探るような言い方すんのやめてくんない」
その言葉に声が出せなくなる。
一瞬、何を言われたか分からなくなって。ただ黙ってはいけないと思った。
攻撃されたと思った。
生身のままの脳が急に保身に走って活性化する。
「お前のその質問は探りじゃねえの」
「俺は素直に聞いてんじゃん。俺と遊んでくれんのって。それに答えないでこっちの気が変わらないか探ってんのは貴方でしょ。ダサいんだけど」
泥のように言葉が体にまとわりつく。
自分を守るための言葉が出なくなる。
ムカつく。ムカつくが言語化されればそうなんだろうか。なんで俺がムカついてるんだろうか。やりたくないとは言ってないだろうが。
「……」
やりたいとも、言えてないのか。
「ちなみに俺は遊んでくれるって言われてから取り上げるようなみみっちいことしないし。やりたくないって言われても別にそれで終わる話なんだけど。何キレてんの」
いちいち一言多い。いちいちムカつく。だけど言われていることはそのとおりだ。
そのとおり?
つまるところ俺は結局マックスとゲームがしたいのだと思う。
ガキみたいな結論。それをまともに伝えることもできていない。
そもそも俺は何を探ろうとしたんだ。
もしかして、今までもこんな探り方をしたことがあっただろうか。
「……っ、……」
言語化できない感情が湧く。
そんな俺の行動を言語化したマックスが黙って見ている。
まだ間に合うのか。
こいつに素直に答えてどうなるんだ。
流して知らないふりをすれば、軍にいた頃のように差し支えなく、個人としての接触を躱すことはできるんじゃないのか。
また躱すのか。いつかも躱していただろうか。
父親の言葉に従い続けた自分の影が記憶に留まり続けている。
凝り固まった男性像を押し付けられ、それが正しいという狭い世界での俺が俺の中に生き続けている。くだらない奴らと絡むなという声が聞こえる。もう何年も会っていないから。顔の記憶は朧げなのに。記憶の声に息が詰まる。
柔らかく苦しい思考の中をマックスに踏み込まれていく感覚がある。俺の中に土足で踏み入ってくる。
ここで何を言えば俺はこいつの顔を正面から見てられるんだろう。
震えることがなくなった声が外部出力から漏れていく。
「……ごめん、間違えた。俺が悪い」
マックスは黄色の目を点灯させたまま何も言わない。俺は、まだ話さなければならないことがあったから、そのまま黙っててほしいと思いながら二つのライトを見つめている。
「やりたくないわけじゃない。なんか、そういう、誘われ方したことないから。……違う、誘われて、乗っていいのか分からんくて、でも、なに、なんでお前が俺を誘ってんのか分からんから。怖いんだけど。それってなんで俺なの」
マックスの目が小さく明滅する。話そうとする時の前兆。
誰でもいいって言え。俺なら時間潰しにちょうどいいからだって言え。
俺を粗末に扱えよ。そうしたらお前のことも諦められるから。こいつも今までの忘れていった同期同僚と同じだって思えるから。結局俺が躱すことで、俺自身が誰かに流されるだけの他愛のない奴だと思い知ることができるから。
だから。
「別に。カートくんと普通に遊べんかなって思っただけ」
「……」
「ゲーム上手い奴と遊ぶならネットでやるつってんの。そういうんじゃなくて。貴方とゲームできないかなって思ったから聞いてるだけだよ」
マックスの言葉が耳から入力される。目の前に座る宇宙軍仕様のサイボーグが、ゲーム機をテーブルに置くその動きがスローのように見えた。
諦められた。
頭の中の父親が笑った気がした。
「ねえ、カートくんさ、今日まだキャンディ入れてないっしょ」
「……は、」
「なんか変だと思った」
そう言ってマックスが立ち上がる。そして俺のボトムスのポケットあたりを叩いた。
「いや、なに……」
「いま持ってないの。部屋? 勝手に入るよ」
言いながらもう既に俺の部屋に向かっていく。呆気に取られた俺はその背中を眺めるしかない。軍であった自室点検の上官の姿がチラつく。体が動かない。
すぐに戻ったマックスの手には見つけて持ち出された吸引キャンディの包みがあった。雑に包装を開けながら、俺の目の前にマックスが立つ。
「顎上げて」
キツい口調ではない。一緒にゲームをする友達が欲しいとぼやいていた時と同じような声音。水をねだられた時と同じくらいの拘束感。
なのに俺は、僅かに顎を上げてしまう。
マックスの指が近づく。ガジェットを操る時に見る、俺とは違う柔らかな動きの強化樹脂の指先が、俺の吸入口を探り当てて位置を確かめるように僅かに先端を窪みに挿しこむ。
「マッ、」
「味適当に取ったから。文句言わないでよ」
そう言いながら、探る指先が器用にキャンディの容器を挿し込む。
かしゅ、と押し込まれる音と、中身が器官をとおる感覚。
視界が歪む。キャンディの即効性に感覚が鈍る。
「……っ」
「立ってると危ないよ。そのまま二歩下がって。後ろに椅子あるから。座って」
言われるまま、下がることで足にぶつかったテーブルセットの椅子に座る。キャンディが頭をくらくらとさせる。思わず首を傾げた俺の頭上、立ったままのマックスの手が、白い影が、迫る感覚に背筋が一気に冷えた。
父親の声が聞こえる。
反射で防御体制をとる。腕が自分の頭を抱える。
その瞬間、嫌な記憶がフラッシュバックして、瞳孔が閉まる、開く、目の前に立っているのはマックスしかいないのに。
沈黙。
自分の呼吸は聞こえない。ただ言葉が出てこないのは失くした喉がひりつくからだ。
「これもなんかと間違えた?」
黄色の目が明滅する。持ち上げたままだった白い手が、容赦なく俺の手に触れて、静かに降ろさせた。
そして吸引されたキャンディが回り続けている俺の頭をマックスが撫でる。びく、と肩が揺れるのが自分でもわかった。見られている。情けない姿を晒している。分かっているのに、かち合ったままの目を逸らすことができない。黄色のライトに照らされながら、ガキみたいに髪を混ぜられ、頬や耳を撫でられている。
「そろそろ効いてきそ?」
言いながら手は静かに動く。俺は、もう居た堪れなくて、目を伏せてマックスの好きなようにさせる。
するとマックスは図々しくも近づいてきて、片腕で俺の頭を抱いた。頭後ろにまた指が触れる。
「貴方こんな状態でよく一人で生きてたね」
さっきより近い位置でマックスの声がする。
耳の入力デバイスがその音を拾っている。
幻覚の声が消える感覚があった。
そもそもそんな声はここには無いのに。
「……ダサいって言えよ」
「んー。今のはダサくないから言わない」
顔の上半分。かろうじて感触のわかる皮膚にマックスの部屋着のトレーナーが触れている。柔らかいその向こうに固いサイボーグの体がある。
何をしてるんだ。いい歳した男が二人で。
そんなことを思うのに、マックスの気が済むまで俺はそのまま動けずにいた。
キャンディなんてとうに飲み込み終えている。

マックスが自室に入って、出てきたと思ったらその手には携帯ゲーム機がもう一つ乗せられている。
「……何それ」
「通信必要な時に一人でやる用のサブ機。やりたかったら貸すから受け取って、やりたくないならそう言えばいいよ」
差し出されたそれをまじまじ見る。あまり使われた跡がないのは本当にサブで使ってるものだからなんだろう。
扱い方なんて分からない。けど、まだ少し重い手を伸ばしてマックスから受け取った。
「てかほんとにやったこと無いわけ」
「……ない。そういう家じゃなかった」
「それ貸すだけだから。壊さないでね」
言われながら、勝手に電源を入れられる。持ち方もよく分からないのだが。思っていればすぐにマックスがあれこれ指示してくる。
右に行けばクリア。
敵は倒すけど基本進むだけ。
このアイコン目指して、こっちゴールがあるんだよね。
言われたとおりやってみるが、案の定俺が操るキャラはすぐにやられてゲームオーバーになる。
「マジで下手じゃん。ウケんだけど」
笑う声に合わせて黄色の目が明滅する。俺は無言で、小さなボタンをカチカチと押す。
俺はこいつと友達なんだろうか。

結局その日の夜、部屋でやり直してみても一面もクリアできなかった。下手すぎるのでは。
寝る前にゲームを充電器に挿すタスクが増えた。その日最後のキャンディを吸いながら、頭の感覚を鈍らせていく。ゆっくりと意識が沈んでいく。チープなゲームのBGMが耳に残っている。
つまり、やっぱりマックスは変な奴だった。