バッドトリップ #1
新しいバイト先が決まった。
バイトというか、知らないうちに正社員になっていた。
「君ら二人には組んで仕事をしてもらおう」
新しい上司は女だった。別にそれはいい。バイトかと思ったら正社員だった。それも全然いい。問題は隣に立ってる奴だ。マックスという名前、だったはず、の、金髪で派手なジャケットを着た宇宙軍モデルのサイボーグ。こいつと組んで仕事をするというのが、現状どう考えても不安しかない。
「今日はご苦労だった。明日は九時までに事務所に出勤しろ。以上だ」
つまりはもう帰れということだろう。そのまま二人で社長室を出る。
呼ばれた時に嫌な予感はしていた。他にもバイトメンバーはいたのに、俺とマックスだけが指名されたから。
揃って廊下に出たところで特に話したいこともない。さっさと帰ろうとしたところで、隣のマックスが表情ディスプレイをこちらに向ける。
「ねえ」
「何」
「貴方名前なんての」
さっき事務所で呼ばれた時に聞いてなかったのか。興味なかったのか。別にいいけど。
「そっちから名乗れば」
「あ、そういうタイプ? いいよ別に。初めましてマックスでーす」
「カート」
「カートくんね。内部通信できるよね? ID教えてくんない」
内部通信。サイボーグになったら本体にデフォで入っているやつ。別に教えるのはいいけど。俺が左腕のアーム内側にある簡易ディスプレイとケーブル穴を見せると、マックスはそこを覗き込んですぐに俺に視線を戻した。
「外部ガジェット持ってない?」
「ない」
「本体ID預かるの嫌なんだけど」
「別に。そっちは外部の渡せばいいだろ」
「フェアじゃないじゃん。ていうか誰にでも本体の晒すのやめた方がいいよ」
わざわざムカつく言葉を選んでくる。なんだこいつ。
「軍辞めてバイト先以外で渡したことないし。外部ガジェット買う金あったらここにいない」
そう言ったらマックスが笑った気がした。
「それはそうかも。でも嫌すぎ。しょうがないから預かるけど、外部買ったらそっち教えてね」
言いながらオフライン用のミニケーブルを差される。俺の腕の簡易ディスプレイに黒塗り変換されたマックスのIDが表示された。頭の中に文字列が流れ込んでくる。IDの文字列に眉を顰める。
「おいこれ、」
「俺の本体の。さっさと外部ガジェットなにか買って、俺と交換し直して。んじゃ、明日遅れないでね。初っ端からなめられんのムカつくでしょ」
気は強そう。口と頭は軽そう。間延びした緩い話し方でわざわざ角のたつ言葉を選ぶ。割に何を考えているかは俺にはまだ分からない。
ひらひらと手を振っていなくなったマックスについて、俺が知ってることは同じバイト仲間の知らん奴といつも話してたことぐらい。仮決めで俺とバディ組んでた奴はマックスを嫌っていた。そいつは別に仕事ができるタイプではなくて、内容もやっかみっぽいことばっかりだったから、実際マックスについて知っていることは何もない。
事務所に戻ったら元バディのやっかみ野郎を含めた他のバイトメンバーは全員いなくなっていた。どういう意味で消えたかは考えないようにする。もう二度と会わないのなら忘れてもいいだろうと思った。
翌日。時間どおりに出勤したらマックスはもう待っていた。でも別に遅刻はしていないから何も言わない。マックスも特に俺に話しかけてはこなかった。
寄越された仕事は荷物運搬だ。マップデータどおりの場所に、車に積んであるという鞄を届けるだけの簡単なお仕事。いや、その鞄の中身はとか。このマップデータの場所は何なんだとか。思いはしたけど訊かなかった。たぶんそういう職場だろうとはもう勘付いている。
「運転よろしくー」
「免許持ってねぇの」
「ありますー。助手席のが好きなだけ」
そう言ってさっさと乗り込んでいくので仕方なく運転席側にまわる。軍用車両に比べると装甲も何もない、普通のサイボーグ用一般車。後ろの座席に置かれた鞄も、見た目や大きさは普通の鞄のようで、中に何かが入っているらしい膨らみぐらいしか分からない。ちなみに「中身は見るなよ」と一応言われた。別に興味ない。
乗り込む前に車両の下に設置物がないか確認する。その乗車手順をしてから、一般的にはこんな動きはしないのを思い出す。無言のまま座席に座って、シートの移動とミラーの調整、シートベルトを閉める。
「カークくんさ」
「カートだけど」
「カートくんさ、荷物の中身が何か分かる」
左腕につけた拡張ガジェットを弄りながらマックスが言う。シートベルトはしているが座席を最大まで下げて、長い足を組んでリラックスしている。
「さあ? 知らんけど興味ない」
「そ? じゃあいいや」
なんだ。なんの話するつもりだったんだ。中身見るなって言われたけどこいつ見たんだろうか。というかマジでこいつ名前覚えないな。ヒトのこと言えんけど。いろんなことが頭を過っているところで、今度はカーラジオを弄られる。チャンネルを変えて歌番組を流したと思ったら、またガジェット弄りに戻っている。こいつ自身が黙っても一緒にいるとだいぶうるさいらしい。
「ナビすんね。101道路は覆面いるっぽいから避けて。42道路から行って」
「……おう」
覆面情報って一般に流れるんだっけ。
「んじゃ、お願いしまーす」
「……お願いしまーす」
考えるのはやめにした。事務所の駐車場を出る。
軍でも初見のやつと運転することはあったから別に隣が誰だろうと問題ない。たまに曲に合わせて鼻歌が聞こえてくるのも無視すればいいし。つかこいつずっとガジェット弄ってんな。何してんだろ。
「カートくんさ」
「何」
「今から送るGPSアプリインストールしてくんない」
そう言われてすぐ通信越しにリンクが送られてくる。アドレスを見た限り普通の無料アプリだ。
「何これ」
「カップルが浮気疑った時に入れるやつ」
「チョイスが最悪すぎんだろ。つかなんで入れんの」
「それ経由で貴方の位置把握してルートとかナビするから」
「……それ仮決めのバディにも入れてた? アプリ強要ってノンデリじゃね」
「仕事用だから。プライベートで切っときゃいいでしょ」
それはそうだが。なんか朝からいろいろ言われ続けて少しずつ苛々が溜まっている。
「んなアプリ必要って契約する時聞いてないけど」
「同行者との業務内容に合わせて必要な機能の拡張は許可されてたでしょ」
知らん。そうなのか。まあ普通に考えたらそれはあるか。思って口を閉じたら先にマックスが言葉を続ける。
「それとも何? GPS見られたら困んの? ヒトには言えないようなお店行ったりしてんのカートくん」
「ノンデリにセクハラ重ねてくんのやめてもらっていいですか」
「なんでもいいけど。入れるの入れないのどっち」
詰められて、ため息をついて、仕方なくインストールする。完了したとみるやマックスがまた外部ガジェットを弄り始める。アプリが自分のシステムのバックグラウンドで動いているのを確認しながら42道路を左に曲がった。
「目的地、一般駐車場になってんね。鞄運ぶのその先の建物っぽいけど。カートくん運んでね」
「別にいいけど。今日お前はなんか仕事する予定あんの」
「今してますけど」
「俺にアプリ入れるのが仕事?」
「違いまーす。建物内のロックとかカメラとかセンサー諸々ハッキングしてんの」
「……まだ着いてないけど」
「無線通ってるところなら通信の中継地点辿ったら大体中入れるっしょ」
入れるんですか。俺知らないけど。
宇宙軍モデルは俺の陸軍モデルよりデータの扱いに特化したタイプなのは知っていた。今まで会ったことないから何が常識なのか分からんけど。通信の中継地点って個人で辿れるものなのか。そもそも辿っていいのか。浮かんだ疑問は消すことにした。なんか嫌な予感がしたから。
とりあえず目的地の駐車場に向かう。その間マックスにいろいろ話吹っかけられたけど、そんなに会話は弾まなかった。俺のせいだけど。こいつは黙ると死ぬんだろうか。
建物に入る前に清掃業者のジャケットに着替える。マックスが言うにはちょうどシフト勤務の休憩タイミングらしい。そういえば持ち込む時間も指定されていたんだった。いよいよきな臭い。とりあえずキャップも被り、鞄を持ち出すと、見た目に比べて妙に重かった。
「念の為運転席いとくわ」
マックスが横移動で運転席に座る。
「帰りは運転してくれんの」
「しないよ? 運転手いなかったら怪しいでしょ。カートくん帰ってきたら助手席に戻るから」
帰りも俺がドライバーらしい。別にいいけど。なんか労働の割合が偏ってる気はする。そう思いながら車から離れると、突然GPSアプリが起動した。
『あーあー。カートくん聞こえる?』
マックスの声が頭に響く。内部通信の音だから外部出力されない声が俺だけに聞こえている。
「何これ」
『さっきのアプリについてる機能。カートくんも声出さなくてもこっちに音声くるよ』
言われて外部出力を切ってみたら、アプリは問題なく起動している。なにこれ。怖。
『なんつーモン入れてんの』
『恋人の浮気現場確認できたら直接脳内で罵倒できんの』
『仕事してる俺が罵倒されんの』
『違いまーす。このままナビすっからとりあえず建物のB1出入り口向かって。その横にスタッフ入り口あるから。そっから入って』
言われて仕方なく歩き出す。適宜必要なタイミングで、そこを右とか左とか、次の角までまっすぐとか指示される。俺の位置どの精度で分かってんだろ。なんとなくマックスのハッキングのせいでアプリ自体の能力以上の高精度な気がする。
建物は何の変哲もない、ややデカめの製造業工場って感じだ。スタッフ出入り口から入ると、俺と同じジャケットを着た清掃員が数人働いているのが見えた。全員よそよそしく、俺を横目で見たりはするが声をかけられることはない。本当に入れ替えタイミングなのか、俺を見たらすぐにみんな外に出て行った。
マックスの指示通り、遠隔でオーバーライドされた清掃用ロボットを見つけて鞄を隠す。偽装する動きをしつつルートを辿って目的の部屋に向かう。カメラを警戒する必要はないと言われたが本当だろうか。だけど確かに、ただの工場にしては死角がないよう配置されすぎている。
時々いかつい工場員がいたりするが、キャップを軽く持ち上げて挨拶すると「向こうのゴミ箱さっさと回収しろ」と怒鳴られはしつつも怪しまれなかった。ここの清掃員にはデカいサイズのサイボーグもいるんだろうか。
違うか。
この制服を着ている奴らは全員どうでもいい存在なんだ。
目的の部屋の前に立つ。
『着いたけど』
『んー。中と周囲は誰もいない。十秒だけロック外すからその間に用事済ませて。三秒後に開く。……ん、入って』
薄暗い中は少し埃っぽかった。鞄をデスクに置く。すぐに出る。清掃用ロボットを連れてその場を離れると、それだけで仕事のメインが完了してしまった。
『カート』
『なに』
『そこ離脱までにどんくらいかかりそう? 建物外に出るのがゴールね』
『……来たルートままなら60』
『清掃ロボットは放置でいいよ』
『なら50』
『了解。そこの充電スポットにロボット置いて。そのまま出て、車まで戻って』
『了解』
やりとりしながらロボットを置き、歩き始めたところでさっきのいかつい奴が飛び出してくる。そういやこいつにもなんか指示されたっけ。
「おいてめえ! まだ回収してねえのか! 手ぶらで何してやがる!」
「あー、ロボの充電切れたので別のやつ取ってきます」
「ロボットはてめえだろうが。とっとと終わらせろ!」
「すんません」
「すみませんだろうがボケ」
うるさい奴だ。キャップを持ち上げとっとと退散する。誰もいない廊下は走った。本当に全員昼休憩に入ってるらしい。スタッフ用のドアを開けて外に出る。マックスの指示通りキャップとジャケットは近くのゴミ箱に突っ込んだ。
『48秒』
『あ?』
『絡まれたけど巻いたね。でも次から念の為バッファ組み込んどくわ』
『……了解』
なんか細かいやつだ。別にいいけど。
しかしなんだか拍子抜けするような仕事だった。ひとまず車のある駐車場に戻る。うちの車の前まで着くと、マックスが運転席から助手席へと移動してその窓を開けた。
「お疲れ」
ひらひらと手を振られるから車の助手席側に立つ。
「散歩してきただけだわ」
「お散歩コース整えたの俺なんですけど。一応監視カメラにカートくんが映らないよう細工しといたからね」
またガジェットを弄りながらそう言われる。
「なんそれ」
「依頼内容に可能な限り痕跡消せってあったから。結果に応じて報酬上乗せするって、」
そこまで聞いたところで背後で爆発音がした。
咄嗟、助手席のマックスの頭を掴んで車体に隠れるよう押さえる。振り返る前に駐車場まで爆風が届いた。耳の入力センサーの左からエラーが出て、目を細めながら背後を見ると、さっきまでそこにあった建物から黒煙が上がっている。
右耳のセンサーにも入力がない。無音の中、車を見ると風圧で揺れたようだが持ち堪えたようだった。
「マックス! 無事か」
助手席を覗き込むと、無事だったらしい表情ディスプレイがこっちを見上げる。
「ーー、ーー」
目元のライトが明滅しているが、音が遠くて聞き取りづらい。
「おい、お前、」
『……あー、あー。カート。こっちは聞こえる?』
内部通信で声がする。俺が混乱しながらマックスを見ると、押し込んだままだった手を払われた。
『荷物やっぱ爆薬だったね。カート耳イかれたんじゃない? さっき俺が外部出力で喋ったの聞こえた? あと頭触んないでくんない』
『……いや、聞こえてない。耳は左がエラー出た。右は修復中っぽいけど』
助手席側のサイドミラーを見ながらマックスが髪を整えている。いや、爆発してるんだが。そんなことしている場合なのか。
『カートくんこのあと平気な顔して運転できる? 目ェ瞳孔かっ開いてるけど。爆薬初めて?』
『んなわけあるか。普通に予測してない爆撃起こったら瞳孔くらい開くわ』
『オッケー。こっちはお陰様で無事だから、しゃーなし俺が運転するわ。カートくん助手席乗って。職質されたら近くで爆音したから避難してますで通すから。ショック受けてセーフモード入ってるサイボーグ装って』
『陸軍モデルでか?』
『ショック受けるくらい不適合で除隊されたことにしてあげる』
『尊厳無ぇー』
『捕まるよりマシでしょ』
仕方なく空いた助手席に乗り込み、ベルトをしめる。瞳孔反射の回復を待つより確かに寝たふりをしたほうがいいだろう。シートを倒して横になる。
『耳の入力ユニット、自己修復できる範囲でやっといて。医務室に連絡入れとく。報告書も俺が書いとくから感謝していいよ』
恩を着せられながら出発準備が整い、車が動き出す。駐車場を出て道路を走る感覚。なんだ、こいつ運転上手いんじゃん。運転しろよ。
自分の背面装甲は問題ない。風圧だけが届いたらしい。ボーッとする頭のまま、『道路渋滞してんだけど』『パトカー回避』『ラジオ聞こ』とわざわざ内部通信で独り言を言うマックスの声だけを聞いていた。
医務室で確認してもらうと、各パーツ交換までは不要だと診断されてホッとした。もし交換だったとして労災は降りたんだろうか。とにかく金がかからないならそれで。
エラーを解除して両耳を自己修復しながら事務所に戻る。平衡器官がちょっと狂っている。
『カートくん。奥のデスクまで来て』
また内部通信で声をかけられ、顔を上げるとマックスがいる。渋々デスク横のソファに座ると、マックスが椅子を回転させてこちらを見た。
『労災案件?』
『いや、問題なかった。いま修復中』
『残念。新しいのに交換できたら良かったのに』
『別に要らんし。で、報告書ってどうすんの』
『実際の仕事の内容まとめてアップするだけ。もうやった』
『あー。そりゃどうも』
マックスの黄色の目が明滅する。
『中身確認する?』
『え? いいよ、別に。あー、でも見といたほうがいい?』
『別に。あったこと書いただけだから見る必要無いかもだけど。俺がカートくんの手柄取ってるかもよ』
『いいよ。そっちにそう見えてるならそうなんじゃね。実際俺言われた通りに荷物運んだだけだし』
『……、あのさあ』
「ーー、ーー」
マックスが何かを言おうとした時。まだ名前を覚えていないセンパイが声をかけてきた。俺には何を言われたか聞こえない。マックスがセンパイのほうを見て目を明滅させている。俺の状況を話しているのか。センパイが俺を見て笑ったから普通にムカついた。
マックスがひらひらと手を振ってセンパイがいなくなる。
『嫌味聞きたい?』
『聞きたい奴いるのかよ』
マックスの肩が揺れた。こいつ笑ってんな。
『なんか今日の俺らの仕事、これで終わりらしいよ。タイパいいね』
『初回だからだろ。それで爆破はやべぇけど』
『それはそう。俺帰るけど。カートくんももう帰って休めば』
言われて、帰っていいならそうするかと立ち上がる。
マックスが座っていたデスクを見れば、誰かが持ってきたらしい駄菓子が置かれていた。誰のものかもわからないのにマックスが適当にポケットに入れている。こいつは結構図々しい。
『修復明日には終わりそう?』
『たぶん』
『普通に明日も仕事だって。事務所に九時集合』
『了解』
そうやりとりをして事務所を離れる。マックスとは帰りが別らしいのは昨日時点で気づいている。
ふらつきながら歩いて、それほど遠くない距離にあるボロいアパートに着いた。ようやく休める。鍵を取り出しながら階段を上がる。
俺の家の近くは治安がすこぶる悪い。ただ、そのおかげで賃料は安い。部屋に入って、キッチンに置いたままだった吸引キャンディを手に取った。吸入口に挿して、吸引すると、脳が揺れる感じがしてずるずると玄関に倒れ込む。
軍隊に比べればまあマシか。どうせどこにいてもクソみたいだ。もう一本吸いたい。思うけど体が重くて嫌になる。バックグラウンドで動いているアプリがピンクのライトを点灯させていた。
マックスは仕事が出来る奴だ。
同僚、バディとしてはいいのか? そうだとしてもとにかくずっと喋っているのはうるさい。よく話題が尽きないなと思う。たぶん考えがそのまま口から出てきているんだろう。素直と言えばいいのか、でも俺に言う言葉はあまり配慮なんかは無い感じで。とりあえず今もマックスは喋っている。
仮決めのバディだった奴と比べればいくらも有能だ。ハッキングや情報収集、後方支援に特化したモデルなんだろう。本人の技量もあるだろうが。
腕相撲では普通に勝った。陸軍モデルが何だとその日はずっと文句を言われた。
「カートくんは顔の上、生身よね」
運転していると助手席からマックスが話しかけてくる。結局あれからドライバーは基本俺が任されている。独り言っぽいやつはもうスルー決め込むようにしていたが、今のはたぶん返事が必要なんだろう。
「……それはノンデリじゃねえの」
「サイボーグの野郎同士の雑談っしょ」
そんな便所での雑談みたいなノリで。
言われた通り俺の顔の上部は生身だ。陸軍モデルは経費削減のため、後頭部の装甲は変えられているが、頭の中身と上唇までは生身のままだ。頭というのが一番コストがかかるらしいと聞いたことがある。でもそこが一番弱点なのでは? とも思うから、そこを人間のままにするのってどうなん、と考えたところで、まあ上層部からしたら下っ端なんてそういう扱いなんだろうとしか思いつかない。
「いいなー。俺人間のときは可愛い顔してたんだよ」
「へえ」
それはいいのか?
「興味薄ー。フォトデータあるけど見る?」
「ソッコー見せようとするじゃん。こっち運転してんだけど。ていうかその可愛い顔の下半分がこうなるのは不本意じゃないわけ」
「それはそうかも」
しっかり失礼。
「瞳もカートくんみたいにグリーンでさ。普通にモテてたんすよ」
「それは想像できるわ」
「俺の何を知ってるのよ」
「んー。普段の態度。自己肯定感高い奴じゃないとここまでじゃない」
「え、言うじゃん。俺まじで許されてたし愛されてたからね」
「ていうか、じゃあなんでお前サイボーグ化したの」
赤信号で停まる。隣を見ると、マックスの目が点灯したままこちらを見ていた。
何。いきなり黙られると急に不安になる。
そしてすぐにディスプレイ全面に大きなバツマークが表示された。
「その話地雷です」
「いや誘導されただけなんですけど」
「いいんだよ俺アニマトロニクス導入すっから。驚きのイケメンに戻っから」
「はいはいイケメンイケメン」
「ちょっとカートくん真面目に聞いてもらえます? あとその話マジでもうしないで」
何があったんだ。分からないがとにかく地雷だと言うんだったら俺からは振らないほうがいいんだろう。ずっと隣でちくちく言葉を言い続けているマックスが黙るんならそれでいい。事情なんて人それぞれだ。
一ヶ月もすれば職場にも慣れる。爆薬を持ち込んだ仕事なんて初回だけで、あとはセンパイたちとの共同業務や、中身を知らない荷物運搬、誰かの痕跡を消すくらいのおとなしい内容が続いていた。
仕事が終わって家に帰る。今日は充電の減りに対して補給するタイミングを逃しまくり、お陰で部屋に着く頃にはバッテリー残量の赤表示が見えていた。まずい。ドアを開ける。電気をつける。
そしてすぐに異変に気づいた。
というより、電気がつかなかった。
「……は?」
思わず呟きながらスイッチをいじる。部屋は暗いままだ。仕方なく不可視レーザーでの暗視モードに切り替えるが、結局部屋の中を確認したところで荒らされた様子も変わった様子もなく、ただインフラが完全に止まっているのだと知る。
面倒だが管理会社に連絡を入れるしかない。ここは管理人が常駐するようなできた賃貸じゃない。そして、まあ分かってたことだが管理会社の電話窓口も営業時間外だという電子音声が流れる。そりゃそうだろう。俺だって今仕事から帰ってきたんだし。
「……うざ」
キッチンの吸引キャンディを吸って一旦落ち着く。クソったれ。この時間、この近くに開いている店は治安が悪すぎる。今行ったところでゴキゲンで過ごせるわけはないだろう。
予備バッテリーは壊れてから買い替えていなかったせいで準備が無い。他の家を見るが、停電の様子はないから支払い関係で何かトラブったんだろうか。金の出入り履歴を確認してもステータスは完了になっている。マジでクソだ。
バッテリー残量が減る感覚は、もう無い血の気が失せる気持ち悪さを思い出させる。とりあえず暗視モードは解除した。
「……会社戻るか」
まだ誰か居るかもしれない。夜勤とかいたっけ。他のヒトのシフトに興味がなさすぎる。最悪駐車場あたりにでも充電できる場所はないだろうか。メインシステムを低スペックモードに切り替えて、消費バッテリーを抑えながらさっき歩いた道を惨めに戻る。
めんどくさ。思いつつ足を進めるしかない。明日休みだしどっかで適当に予備バッテリー買お。
会社が入っているビルが見えてきて、うちの階がまだ明るいことに安心する。エレベーターでのぼると、事務所のドアがあって、奥が明るいのが分かりデカい安堵のため息が出る。中に入る。
「え、誰ー?」
間抜けな声がした。見れば電気がついているエリアのデスクにはマックスが一人だけで座っていた。
「あれ? カートくんもう帰ったんじゃなかった」
「……なんかうちだけ停電してたから戻ってきた」
「何それ。滞納?」
まあすぐ浮かぶのはそれか。マックスのデスク横のソファに腰を下ろす。充電用のノーマルケーブルを見つけて接続する。
「金支払ってるし引き落としの履歴あんのに電気つかねえの」
「あー、それ大家が横領してっかもよ。最近ニュースで見た」
「あんな安アパートで?」
「安いからじゃない? カートくんの家のエリア入ってた気がする」
俺の家のエリア。
「お前俺の住所も知ってんの」
「社員が見れるデータリストに載ってますー。つかそれ低スペックモードじゃん。それでここまで来たの? 予備バッテリーは」
「持ってたの壊れてから買い直してなかった」
「じゃあマジで本体赤状態から充電してんだ。ヤベーじゃん」
「ヤベーんだよ」
言いながらよく見ると、マックスの左腕のガジェットからケーブルが伸びていて、デスクのパソコンに接続されている。ブラウン管にはプログラムの羅列が恐ろしい速度で表示されては流れていく。
「お前はこんな時間に何してんの」
「追加のお仕事。やったらボーナスくれるって言うから」
「お仕事好きな」
「全然。普通にゲームしたい。お金欲しいだけ」
正直すぎる回答。マックスの顔ディスプレイの端でバックグラウンド処理のランプが明滅している。俺と話しながらプログラム生成してんの。マルチタスク得意すぎんだろ。
「……お前向いてるよ。ハックとかプログラム生成とか。なんで俺と組んでんの」
純粋な疑問だった。たぶんこいつは仕事ができて、自称元イケメンで、何を思ったかサイボーグ化していることは地雷らしいが、とにかく高スペックな人生を送ってきたんだろう。なんでこんな吐き溜まりみたいな場所まで来ているんだろう。普通に生きてればもっとまともな。
普通。普通ってどういうのを言うんだっけ。
「社長が言ってたでしょ。今回俺らしかテストパスしなかったって」
俺と組む理由はシンプルだった。なるほど。じゃあ他にもデキる奴がいればマックスはそいつと組んでたのかも。そもそも俺がテストに受からなかったかも。それは困るけど。俺も金必要だし。
疲れた。そう思ってソファに横になる。
「ちょっとカートくん、今日ここ俺が閉めるんだけど」
「あー。……泊まれねえの」
「労働協定とかなんかで夜間の出勤時間外で事務所にいるのヤバかったはず」
「んー、その、いまの作業残りどんくらいで終わる」
「10分くらい」
「秒じゃん」
「もうほぼ終わってるし。テストは休み明けにするから。そっちは充電どんくらい溜まりそう?」
「15くらいじゃね」
「カスじゃん。え、どうすんの」
「どうしよ。なんも考えてない」
「処理落ちですか。思考止まってんじゃん」
「あ、」
言われて思い出したものがある。俺が起き上がるとマックスがこっちを見た。
「なに」
「GPSアプリ。あれずっとついててなんかすげえバッテリー食うんだけど」
「……は?」
マックスの目が明滅する。こいつ結構表情分かりやすいなと最近思う。
「貴方それ常時つけてんの」
「え、知らんけどなんかバックグラウンドでずっと生きてる」
「えー! タスクキルしてよ。いま切って! はやく!」
突然怒鳴られてアプリを切る。使用されていたメモリ領域が開放される気配がある。
「貴方バカなの。仕事で使うつったじゃん。勤務外は切っててよ」
「知らんて。お前が監視癖でもあるのかと思って」
「そんな癖に付き合わないでもらえます? なんでそんな、サイボーグ化しといて自分のシステムに無頓着でいられるわけ」
そんな怒られることなのか。まあ、それはそうなんだけど。ていうか入れろつったのはそっちだろうが。まあ勤務外にもつけっぱだったのは俺なんだけど。
「信じらんないわ。入れる時あんな渋ってた癖に」
「つーかシステムの知識なんてサイボーグ化してから必要になったんだし。メンテ出来てれば別にいいだろ。ハッキングできるモデルでもなし、俺は肉体強化されればそれで良かったから」
「なんそれ。わけ分かんないっすわ。強くなるためにサイボーグ化したってこと」
「そう」
「なるほどね。じゃあ話合わないわ」
あ、機嫌が更に悪くなった。なんだこいつ。こうやって勝手にキレんのどうにかならんだろうか。サイボーグ化に関する話は全般地雷らしい。めんどくさ。
呆れて視線を外すと、俺の体に何かが投げつけられた。ボーッとしてて反応できなかった。見ると汎用予備バッテリーが膝に乗っている。
「それあったら近くのモーテルぐらい行けるでしょ。この事務所カメラあるし、無断で残ったら警備システム引っかかるよ」
「あー。……どうも」
「というか。それ受け取れないくらい低スペックな状態でよくここまで来たね。最悪バラされてるよ」
散々な言われようだが反論はできない。
結局マックスが作業を終えるまで十分もかからなかった。ギリギリまでケーブルで給電したあと、予備バッテリーに切り替えて一緒に事務所を出る。この辺りのモーテルとか場所よく分からんから調べないといけないか。と思っていたら内部通信でマックスから位置情報が送られてくる。
「この辺だとここが一番マシ」
「……ありがと」
「さっさと行こ。時間なくなる」
「は?」
送られてきた位置情報と同じ方向にマックスが向かおうとするから、よく分からなくて立ち止まる。暗い中、街灯の下でマックスが俺を振り返る。
「なに」
「え、お前も行くわけ」
「GPSでバッテリー食ったんでしょ。俺が作ったプログラムあるから。それインストールさせて」
「なんで」
「今日俺が残ってなかったら貴方最悪ボディ死んでたよ。まあバックアップはあるだろうけど。胸糞悪くなるからやめてよね」
「俺が予備バッテリー買えばよくない」
「買うまでの間どうすんの。その辺のアプリより俺が作ったほうが性能いいから。さっさと歩かないと予備も切れるよ」
どういう状況なんだ。思いながら、本体バッテリーを考えれば行かざるを得ない。もういいか。こいつの好きにさせよう。諦めて目的地のモーテルにマックスと二人で向かう。
受付をして、借りた部屋のベッド脇にある充電ケーブルを引っ張り出した。急速タイプ。助かった。繋げてようやく張っていた緊張がゆるんだ気がした。
予備バッテリーも充電して返そうとしたら「別にいい」と言われたのでそのまま返す。なんかずっと機嫌悪いな。なんだ。どう対応するのが一番マシなんだ。
「そこに寝て。ケーブル口出して。俺が勝手にやるからそのまま寝ていいよ」
おとなしく左腕の外部入出力の差し込み口をマックスに晒す。いつかしたID交換の時を思い出す。違うのは、これから勝手にアプリをアンインストールされて、自作だというプログラムを流し込まれるということ。
よく考えたらヤバいんじゃないか?
いや、たぶんマックスのことだからプログラム自体の作りはまともだと思うんだけど。
「マジで入れんの」
「なに、イヤ?」
「イヤでは、ないけど。GPS以外ってなんか弄る?」
「……まあ、本当なら生体情報モニタ用のも入れたいけど」
「監視欲つよ」
「負傷状態とか把握したいだけなんですけど。俺が変態みたいな言い方すんのやめてくださいます?」
ケーブルが挿される。外部メンテぐらいでしか中は弄られたことがないから変な気分だ。
「で? 生体情報モニタも入れていいんですか」
「まあ、処理落ちしないなら」
「許可すんのね。言質とったから。……ていうか、うわ、マジで軍支給のメインシステムまんまじゃん。せめてメモリ拡張してくんない」
「そんな金ない」
「どういう優先順位? 他に必要な出費ある? てかさ、さっきの受付の男ウケたね。なんか穿った目で見られてたよ、俺ら」
「普通に男型のサイボーグカップルとか嫌すぎんだろ」
マックスが笑うから目が小さく明滅している。そしてガジェットを弄り始めた途端。何かが頭の中に入ってくる感覚があった。
「……、ん……」
「そのまま寝てて」
「……」
頭がボーッとしてくる。もう無い肌を無闇に撫でられているような違和感がある。だけどこういう場合に俺に何かできるわけもなくて、結局無理やり体をスリープ状態に移行した。
昔の夢を見た。
どうしようもなく人の話を聞かない父親と、何かと厄介ごとに巻き込まれる妹と。守ってくれる大人はいなかった。妹は俺が守らないといけなかった。
この世界に自分以外の生き方があるとまだ知らなかった。ひ弱な腕がサイボーグ化して、自分の力が強くなったのを知って、それが人を殺せるものだと知った。自分も生きながら、誰かを生かすための生き方を考えないといけなくなった。
これは昔の夢だ。そして今まで続いている。
嫌な夢だ。現実は夢の延長だ。こんな体になってまで、俺は自分のために生きようと思えていない。
明け方。かけておいた内部アラームで目を覚ます。
充電は完了していた。時間を確認して、起き上がると、ソファで足をはみ出させたマックスが別のケーブルで充電しているのが見えた。
頭が何故かすっきりしている。チェックすれば、不要な一時メモリの消去や簡単なメンテナンスを行なった形跡があった。マックスしかいないだろう。
音を立てないようベッドを降りて、確認するとマックスもスリープ状態だった。挿さっているケーブルは急速タイプじゃないからまだ充電が終わっていない。
起きたら起きたで構わないか。思いながら、なるべく慎重にケーブルを外してマックスをベッドに運ぶ。急速タイプを挿して、ソファ側のケーブルで予備バッテリーを充電しておく。
今日は休みだから別にチェックアウトまでいてもいいだろう。そう思ってアラームをかけ直して、ソファで二度寝をキメることにした。
「……ねえ、ちょっと、カート・フィッツジェラルド・クレイマーさん」
揺すられて目が覚める。起きると、目の前にマックスが座っていた。
「……、なに……」
「ね、俺夢遊病とかかました?」
「……俺が運んだだけだけど。ベッドのがケーブル強いから」
言いながら起きて伸びをする。マックスはベッドを見て、俺を見て、「どうもお……」と小さく呻いた。
チェックアウト期限よりは早い微妙な時間で。ただもう管理会社には電話できそうだったからモーテルを出ることにする。
「昨日どんくらいかかった?」
「そんなかかってないよ。ちょうどいいから俺の好きなようにさせてもらったけど」
「怖。お礼言おうと思ったけどツケとくわ」
「すぐ払ってくんない」
受付は昨日の男スタッフのままだ。相変わらず怪しまれながら支払いを済ませる。
「そっちも泊まったのに俺もちなの」
別に本当に出してほしいわけじゃないけど、好きに弄られた腹いせに突っかかってみる。
「俺作業したし? モーテル必要だったのそっちでしょ」
「マックスさんセコいすね」
モーテルの前で解散する。つっても家に帰ってもインフラ死んでんだけど。ひとまず管理会社には電話しないといけない。飯を食いに大通り側に歩き始める。
いいニュースと悪いニュースが入った。
ひとつ。インフラに関する復旧はすぐに手配してもらえた。
ふたつ。うちのアパートが近いうちに取り壊されるらしいと知った。
いつかヤバそうだとは思っていたが、思ったより勧告期日がギリギリで、そこを含めてクソな大家だと思う。これはたぶんマックスの言うとおり横領もされていたんだろう。
めんどくさ、と思いながらシャワーを浴びてベッドに横になっていると、内部通信にメッセージが届く。
マックスくんですわ。なんだあいつ。休みの日にまで絡んでくるのか。
思いながらメッセージを開くと、モーテルの行きがけに言われたボディパーツの見直しに関するお小言だった。
『詳しくないし興味ない』
『自分の体なのに扱い雑くない?』
『別に、人間の時も人間に詳しくなかったけど』
少し間があく。呆れられているのかもしれない。
『ここ来て』
位置情報が送られてくる。なんだこいつは。俺の彼女か?
『休みの日にまでお前と会わんといけんの』
『それこっちの台詞ね。俺の仕事にも影響するから休み返上してるんですけど。いいから来て』
昨日の今日でそう言われてしまうと強く返せない。バッテリー切れで倒れてるサイボーグなんて社会的底辺すぎる。
ついでに予備バッテリーでも買うか。仕方なく立ち上がり身支度をする。休みの日に外に出るのなんて随分久しぶりだと気づいた。
「とりあえず一時メモリと容量追加は必須。CPUはアプデかアップグレードして。そしたらどうにかなるんじゃない」
サイボーグ用の専門店前。いつものジャケットよりはマシだけどやっぱり派手なパーカーを着たマックスにつらつらと見繕われる。こいつのあのジャケット以外の服初めて見た。店員が営業のために近寄ってきたがマックスが蹴散らしていた。
店内には雑多に積まれたパーツが売られている。その棚を見下ろしながら、さっさと前を歩くマックスについていく。
「いまのままで問題ないとこないの」
「ボディワークはままでいいけど、内部が雑魚すぎ。あ、内蔵バッテリー、軍の基準だと来年くらいに寿命来るから新しくしといて」
「なにそれ。どこで変えんの」
「会社の健康診断のオプションにあったっしょ。なに、見てないの」
「お前書類とか読むの好きそうな」
「規約スキャンすればロードされるでしょ」
「俺、目とかはそのままだからスキャンできないよ」
マックスが振り返る。何。また地雷かなんか踏んだだろうか。黄色の目が小さく明滅する。
「……。間違えた、そっち陸軍だったわ。ていうか自分に不利な条件入ってるかもとかは思わないわけ」
「いや、……知らんし。お前は何に備えてんの」
「全部」
あっさりそう言う。そして奥のパーツコーナーへと向かうから、俺もその後を追って徘徊する。
たぶん。これは俺の予想だが、マックスは望んでサイボーグ化していないんだろう。というかサイボーグ化したことを後悔しているんじゃないのか。聞いたことはないから分からないけど。それに、そんな話を振ったら多分また機嫌が悪くなるんだろう。
「そういやインフラ復旧した?」
何かのパーツの山を漁りながら雑談される。
「あー。なんか、復旧はしたけどアパート近いうち取り壊されるらしい」
「なにそれ。ウケんね」
「ウケてんなよ。マジでめんどくせえんだけど」
「まああの辺の立退とか結構多いよ」
「知らんかった。お前の情報源なんなの。つかまじ、安くて雨風凌げればなんでもいいんだけど、これから家探すのめんどすぎてヤバい」
「住所あるうちに転居しないとでしょ」
「それな」
マックスが寄越したメモリを受け取る。金額が予想よりも安くて驚いていると、「あのさあ」とマックスがパーツを漁りながら会話を続ける。
「なに」
「カートくん、ルームシェアってしたことある」
「……は?」
マックスが手に取ったパーツの値段を見て「高すぎ」と呟いて次の山を見る。ルームシェア。これは俺が答える必要があるんだろうか。
「……したことないけど」
「俺と住む? いま俺も新しい部屋探してて、ルームシェアだと固定費抑えられるし、家のグレード上がるから助かるんだけど」
「お前と? ヤダよ。仕事でも家でもとか一緒すぎんだろ。あとお前女連れ込みそうだし」
「えー、俺どう見えてんの? ちなみに俺連れ込むより相手の家行くタイプだから」
「ゲロ吐いていい?」
俺の手元に別のメモリが飛んでくる。こいつ二枚追加するつもりか。
「まあネットの知り合いとか誘うのも良いんだけどさ。やっぱどういうヒトか知ってる方が助かるじゃん」
「え? お前マジで言ってんの」
「大マジだけど。ちなみに夜中テンションで探した時の物件候補あるけど」
「怖い怖い怖い。リンク飛ばしてくんなよ。俺を置いて話進めないでくれる」
「ついて来いよカートくん」
飛ばされてきたリンク先を見れば、いたって普通の賃貸情報だった。間取りは同じサイズの部屋が二つ並んだ、シンプルすぎて面白みはない感じ。値段を見ると、まあ、折半なら今のとこより微かに安くなるだろうか。生活費は確実に下がるだろうし、家賃もこの広さになるんだったら安くなるとも言える。
「軍いたなら最低限共同でも問題ないでしょ。むしろ個室あるし」
「まあそれは」
「この物件正社員身分なら保証人いらないんだよね。今の会社いる間は身一つで入れる」
条件が良すぎる。こんなのすぐに埋まるに決まっている。
「サイボーグ二人でルームシェアできんの」
「条件一覧見てから質問してくれますー?」
「はいはい。……なに、マジでここに住むの」
内蔵するための追加容量パックをこっちに渡しながらマックスが肩を竦めた。
「カートくんが良いのなら」
正直マックスの考えていることが分からない。
昨日のモーテルから後、謎に言葉の刺々しさが減った気がする。減っただろうか? ともかく、言い方や声の感じが少しマシになった気がする。何があったんだ。俺は別に何もしていないから、勝手にこいつの態度が変わったことになる。
根拠のない変化は困る。いつ元に戻るか分からないから。
だけど正直、いいか悪いか、と問われればたぶん条件はこの上なくいいんだろう。軍では数人共同部屋で多段ベッド、風呂トイレ洗面は全て共用だった。隣の部屋はマックスになるが、別に必要以上に絡まなければそれでいい。そもそも俺はこれを断ったら自分で家を探す必要がある。それはめんどい。非常に。
「あー、んー。まあ、……いいよ」
「おっけ。じゃあこのあと内見予約すんね」
「だから全部速いんだよ。フットワーク軽すぎんだろ」
「家なんてすぐ埋まるんだぜ、カートくん」
それはそうなんだが。結局会計を済ませて店を出るタイミングで返信があり、内見することが確定した。恐ろしい速度で状況が変化していく。一旦外で休憩と称して、ベンチに座って吸引キャンディを吸った。隣でマックスが別の何かを吸っている。どうせ非合法の薬物だろう。
「カートくん何吸ってんの」
「……キャンディ」
「俺砂糖」
「ヤバ」
「キャンディだと回数必要じゃない? こっちのがモチいいよ」
「たぶん合わん気がするから。弱いの回数吸ってる方が合ってる」
「キャンディもそんな弱くないっしょ」
お互い何食わぬ顔でしょうもないものを飲み込んでいる。しばらく馴染むのを待ってから、マックスが「移動しよ」と言ったからようやく立ち上がる。
違法薬物なんかやってる同居人とか正直ヤバい以外の何物でもない。そう考えるとマックスが俺を誘ったのはある意味正しいのかもしれない。軍隊あがりで薬物やらないで済んでる奴は自分で脳内麻薬出せるサイコ野郎ぐらいだ。
内見予定のアパートの前で仲介業者の男と合流した。一般的な会社に勤めている普通の男だった。こういう相手を見るとどこかで羨ましい気持ちがある。まともに生きていられることへの羨ましさ。
部屋の中を見れば今までで一番まともな家すぎて軽いフリーズを起こしそうだった。前の借主が使わない家具を置いていったらしい。普通のヒトのものなら全部売っぱらってるところだろうが、前の借主もサイボーグだったとかで家具も俺らが使える仕様だった。
マックスが仲介人といろんな契約確認や交渉をしている間、適当に見て回って、見るべき場所もよく分からずおとなしく隅で立っている。今のボロ家を契約した時は言われるがままだったけど、マックスが言うとおり何か不利になることが含まれていたのかもしれない。もうそんなのどうだっていいんだが。
気が済んだらしいマックスが俺を呼ぶ。
「カートくんはなんか気になるとこないの」
「あー。全部いまのとこよりマシでなんも分からん。お前がいいならいいよ。俺は鍵閉まってベッドがあればそれで」
「あそ。じゃあここで決めちゃお。俺こっちの部屋がいい」
「いいけど」
本当にどっちでもいいのだ。
仲介業者に明日から入居可能だと言われる。明日も休日だ。マックスと顔を見合わせて、じゃあ、と最短で引っ越すことになった。なんだこれは。全部が全部いきなりすぎる。
「荷物まとめられそう? てかそっちは立退だからさっさと出たほうがいいのか」
「それはまあ。つかお前は前の家と家賃二つ分出るんじゃねえの」
「そこは別に。引っ越しってそういうもんだし」
そういうもんなのか。よく分からない。もしかして俺はよく知らないことが多いんじゃないのかとここのところ思い始めている。
ボロい我が家に帰ってようやくキャンディで一息つく。もう夕方に近い。仲介業者の事務所で長い長い契約手続きをして、最後に予備バッテリーを買って本日のマックスによる連れ回しは終了した。
キャンディを飲み込んだ瞬間どっと疲れた。これは朝から動いていたせいもあるし、あらゆることが変わってしまったせいもある。マックスは新しい環境に飛び込むことを躊躇しない。そう感じているということは俺はしているんだろう。必要な変化だ。分かっている。だけどその経験が浅くて、成功のイメージがなかなか湧かない。
だって移り気なのは良くないことだ。
良くないことだ。
頭の中が揺らいで気分が不愉快になる。
軍に入ったことは俺にとっては良いことだった。
結果、自分の望んだ体は手に入ったから。だけど失くしたものもあった。人間であるということ。人間のままであるべきだったこと。過ぎてしまえばもう昔でしかない。このアームはとてもじゃないが人間のものではない。
ため息をつく。もう呼吸は排気器官に置き換わり、ため息のつもりの自分の薄い音声がノイズ混じりに聞こえるだけだ。でもこのアームは俺には必要だった。ひ弱な細い腕のままじゃダメだっただろうが。軍に入らないまま妹を守れる存在でいられたのか。
力が必要だった。
今の俺には力がある。
ぐらぐらと揺れる視界に具合が悪くなる。
この力で足りるのか。
もっと必要だったんじゃ。ないのか。
軍で俺はもっと耐えるべきだったんじゃないのか。
不毛なのに拭えない、何度目かも分からない疑問を消すためにキャンディの袋に手を伸ばす。気分が良くない。具合が悪い。それを拭い去りたくて個包装を取り出す。
やめとけ。たぶんバッドトリップする。そう思っているのに、そうなることを想像するのは容易だったのに、取り出したキャンディの包装を破る。
もう少しだけでもまともだったら俺は踏み外さずにいられたんだろうか。
翌日。自分の荷物をまとめたらボストンバッグ一つで終わった。そんな気はしていた。元からあったものは全部置いて部屋を出る。管理会社には営業時間が始まった瞬間に連絡しておいた。
昨日内見したアパートの前に着く。そう待たずにすぐマックスが来た。玄関のロックパスワードが内部通信で送られてきて、それはそれとしてマックスがドアを開けた。
「荷物あとどんだけくんの」
「え? これだけだけど」
俺の質問にマックスが答える。リビングに置かれた大きくはないダンボール二箱とリュック一つの荷物はたぶん少ないんじゃないのか。意外だった。なんか、こいつは服だけでダンボールがいくらも埋まるくらい持ってるもんだと思ってたから。
「少なくね」
「鞄一つのヒトに言われることじゃないよね」
「そりゃそうだけど。お前物少ないんだな」
「身軽な方がいいでしょ」
その言い方に違和感があった。何が、と言われるとよく分からんのだけど。
カバンを自分の部屋に入れる。俺の部屋にはデカいベッドがある。前の家主が残した家具の一つで、今日の午後に新しいマットレスとシーツが届くことになっている。俺は別にそのまま使えば、と言ったのだが、マックスに「スプリング古くなってるからそこだけでも変えれば」と言われた。ベッドってマットレスだけ買えるのか。知らんかった。
俺の持ち込んだ荷物は、部屋の引き出し二つ分に収まって終わりだった。服以外にはキャンディと少しの雑貨しかない。共有部分に置きっぱなしはいいのか、分からないからひとまず自分の部屋に置いておく。
試しにマットレスを掴んでみた。片手で端が頭の高さまで持ち上がる。デカいから持ちにくさはあるけど重さなんて無いようなもんだ。埃が舞う。
「ねえーカートくんさあ、……え、何やってんの。筋トレ?」
ドアからこっちを覗いてきたマックスがなんか言っている。
「……いや」
「窓開けてよ、空気こもってんじゃん」
「うん。……なに、なんか用」
「午後に不用品引き取りと買ったやつの受け取りあるんだけど、やっといてくれない。俺これからセルフメンテするから」
セルフメンテ。前にモーテルでマックスが俺の中の不要データを削除したりしていたあれ。ベッドを元に戻しながらマックスを見る。
「んな時間かかるの」
「場合による。すぐ終わるかもしんないし。でも昨日までの俺の働き考えたら引き取り諸々カートくんがやってくれてもよくない?」
「……別にいいけど」
「じゃあよろしく」
言ってマックスが引っ込む。
まだ昼前だ。確か昼を過ぎてあとに業者が来るはずだ。恐ろしく暇だが、いままでも家の中でボーッと過ごして一日を終え続けてきた。待つのはいくらでもできる。ひとまず確かに空気が埃まみれになったから、おとなしく窓を開けることにした。
不用品引き取りも荷物の配送も時間どおりに来た。マットレスはやっぱりデカかったが問題なく一人で設置できた。荷物はもう一つデカいものが届けられて、配送担当者の強化人間はだいぶ疲弊させられたようだった。
自分のベッド関係以外でこんなデカいものが届くと思っていなかったから、ついでにマックスが買ったんだろうと思いながらデカい箱を見下ろしている。マックスはまだ部屋から出てこない。メンテってこんなかかるんだっけか。
個室のドアをノックする。返事は無い。
「マックス」
呼ぶが、やっぱり返事はない。内部通信で呼びかけるのも考えたが、メンテ状態の時ってそういうの意識して読めるんだったか。あいつがどうなってもいい、と思えるほど俺は自分勝手になりきれなくて、そして音がしない部屋に対して嫌な不安を感じ始める。もし返事もないのに中に入って怒鳴られたとして、それはもう別にいいか。
もう一度ノックをする。返事は無い。
俺はマックスの部屋のドアを開いた。ドアに鍵はかかっていなかった。
「マックス!」
中は電気をつけていなくて、カーテンの隙間から入る外の人工灯が差し込んでいる。
部屋の隅、外部ガジェットと、マックスの首後ろにある入出力口に接続されたいくらかのケーブルが壁の有線口に繋がれている。マックスは膝を抱えて、顔を突っ伏して、できる限り体を小さく折りたたんで壁にもたれながら座っていた。外部ガジェットについた小さなランプが赤く点滅しているのが唯一見える動きだ。
「……おい、マックス。お前いつまでメンテしてんの」
声をかけてみる。心臓がまだあったら動悸がしていたと思う。でも、見ているとガジェットのランプが点滅から点灯になり、色が赤から緑に変わった。
そしてマックスが目を覚ます。ゆっくりと頭が持ち上がり、そのまま俺の方を見る黄色の目。
「……あ、荷物受け取り終わった?」
聞き慣れた声だった。俺に名前を聞いた時と同じ声。ただ、その日より随分こいつの感情を声の調子で気づけるようになった。と思う。
「……まあ、終わった。つかメンテ長過ぎない。お前自分のはしばらくメンテしてなかったん」
「いや? メンテは終わったから、内部容量のデータ確認しながら要らないの消してただけ。何? 俺が止まったかと思った?」
揶揄うような声。黄色の明滅。俺は自分の気がゆるんだのを感じている。
「思った」
「縁起でもないこと言うね」
「もっと分かりやすく安静モード入れや。お前まで不用品買取に出すところだったわ」
「心配してくれてありがと、カートくん」
「サービス料振り込んどいて」
マックスがケーブルを抜いて部屋を出てくる。そして届いた荷物をさほど驚かず見下ろし、早々に開け始めたからやっぱりこの二つ目のデカいのはマックスのものだったらしい。
中には背がリクライニングするソファが入っていた。
「そっち持って」
「何」
「俺の部屋に運ぶから」
「あー、はいはい」
手伝うのが当たり前のように指示してくる。もう別にそれについて苛つくような無駄なことはしない。言われた通りの場所に運び込んで、「梱包材捨ててきて。俺のダンボールももう使わないから」と追加注文もされて、反抗する気力も失せたから粛々とアパート敷地内のゴミ捨て場に持っていく。
夕暮れの人工灯を見上げて思い出した。
昔住んでいた家。家族で住んでいた家。
帰りたくなかった。家の中が息苦しかった。だけど同時に、外にいるのもつらかった。だから毎日家の扉を開く。外の世界の居場所のなさと、家の中にある強い圧力。自分の無力さ。そんな自分より力の無い妹を失うことの恐ろしさ。自分が正気だったかはもう分からない。正気がどういう状態なのか俺は本当に知っているんだろうか。
新しい家に戻る。マックスがキッチンの棚に何かを入れている。
「おかえり」
俺が玄関に入るとそう言われた。マックスを見る。向こうは少し間をあけてから俺の方を見た。黄色の目。
「え、何」
なに、はこっちの台詞だった。だけど言うのもおかしいかと、「いや」ともごもご呟いて自分の部屋に入る。新しいマットレスに、折り目がついたままのシーツをかける。サイボーグは汗をかかない。だけど、グリスなんかがつく可能性もあるから敷かないわけにもいかない。寝そべる。天井を見上げる。ドアの向こうで誰かが何かをしている微かな気配がある。久しぶりのその感覚に妙な気分になるのは仕方がないことだと思った。